目に見えない資本主義の時代が始まる

――  田坂さんの著書『忘れられた叡智』は、資本主義をテーマに、詩的寓話の形式で描かれています。なぜ詩的寓話の形式で執筆しようとお考えになったのですか。

田坂  詩的寓話という形式は、親しみやすく、多くの人々に読んで頂ける。そして、この形式は、すべてを語らないため、「資本主義はどう変わるべきか」というテーマを、読者自身が、目に見えないものを想像しながら深く考えることができる。そう考えたからです。そして、この本のテーマは、まさに「目に見えない資本主義」です。例えば、智恵子と賢治は聖人のもとを訪れ、尋ねます。「成熟した資本主義とは、どのような資本主義なのでしょうか」。聖人は二人を見つめ、答えます。「その答えを知りたければ、成熟した精神とは何かを問うべきだね」と。二人が戸惑うのと同時に、読者も一緒に「精神の成熟とは何だろう」と考える。

私は、これまでの著作においては、ページの左端に問いかけの言葉が来るように意識して書いています。これはページをめくった先にどんな答えが待っているのか、読者が考える瞬間を創りたいからです。今回の著作では、詩的寓話の形式によって、文字の量を少なくし、空白行を多くとりました。これは読者に、より深く文章や行間を味わってもらうためです。一行の空白行は一呼吸、二行は二呼吸、一瞬の間が空きます。この空白行によって、読者には、まさに行間を読み、目に見えないものを想像していただきたい。私が目指しているのは、経済や資本主義の専門家として持論を世に提唱することではありません。世の中を、ささやかでもよいからより良きものに変えたい。そのために、多くの方に易しく読んでいただける形式にしたのです。

――  田坂さんは「資本主義」をどのように捉えていらっしゃいますか。

田坂  現在、多くの経済学者は、資本主義は「貨幣経済」だけで成り立っていると考えているようですが、実は、貨幣経済以外にも社会を支えている重要な経済原理があります。それが、「贈与経済」や「ボランティア経済」と呼ばれるものです。善意や好意によって大切なものを相手に与える経済です。これが人類最初の経済原理ですが、それが発展して物々交換の「交換経済」が生まれた。この贈与や交換の経済は人間同士の豊かなコミュニケーションに支えられていましたが、一方、非効率的でもありました。例えば、魚を欲しくない人に魚を贈ったり、交換したりはできません。そこで、常に何とでも交換できる一般性、普遍性を持ったものが必要になったのです。これが「貨幣」の始まりです。

すなわち、貨幣は「いつでも好きなモノと交換できる」という優れた性質を持ったものとして生まれてきたのですが、しかしそれが、徐々に、「貨幣さえあれば何でもできる」という「物神崇拝」の対象になってしまったのです。単に「便利な道具」だったはずの貨幣が、あたかも「万能の神」のように思えてくる。本来、人々の生活を楽にするための貨幣が、いつの間にか、それ自身が神のような立場になり、拝金主義に陥る人間が出てくる。これが弁証法哲学でいう「自己疎外」と呼ばれる現象です。そして、まさに、その人間の欲望を掻き立てることによって、資本主義は急速に発展したが、その資本主義が、いま世界中で、地球環境問題、経済危機、紛争や戦争、貧富の差の拡大など、様々な問題を引き起こしているのです。

しかし、我々人類は、必ずこの諸問題を克服し、「成熟した社会」に向かっていくでしょう。あたかも、人間が「失敗」の経験を通じて成長していくように、人類全体も、こうした「危機」を通じて成熟していくのでしょう。

日本人の「目に見えないものを見る」文化

――  田坂さんは、今後の資本主義はどのように発展していくと考えているのでしょうか。

田坂  私は「目に見えない資本主義」の時代が始まると考えています。今の資本主義は、目に見える「貨幣資本」だけに目を奪われており、「知識資本」「関係資本」「信頼資本」「評判資本」「文化資本」「共感資本」などの「目に見えない資本」を見る力を失っています。しかし、この日本という国には、もともと「目に見えないものを見る文化」がありました。

例えば、かつての日本人の多くは、「縁に導かれる」「天の配剤」などの言葉に象徴されるように、目に見えない何かに導かれているという感覚を持っていました。また、日常の何気ない言葉にも深い精神性がありました。例えば、「ありがとう」=「有難い」。あれは「I thank you.」という意味ではありません。「It is a miracle.(それは奇跡だ)」という意味です。我々日本人は、人生において、人と人とが巡り会うことも奇跡のような出来事だと考える。また、この国には、最澄の「一隅を照らす、これ国の宝なり」という言葉があります。これが、日本企業の「社員を大切にする文化」につながっている。例えば、日本には、毎朝オフィスに早出して掃除する人を社員大会で表彰する会社がある。日本企業には、職場の片隅で一生懸命に仕事に取り組む人を大切にする文化があるのです。

こうしたことは、かつての日本人が持っていた精神性の深さでもあったのですが、残念ながら、現在の日本人は、そうした「目に見えないものを見つめること」の大切さを忘れているように思われます。だからこそ、日本という国の成熟した文化、日本人が持つ精神の深みに、もう一度目を向けるべきだと思うのです。

経営は人類最高の「アート」

――  資本主義における企業家の使命とは何でしょうか。

田坂  現代において、企業家とはまさに「イノベーター」そのものです。そして、さらに言えば「アーティスト」でしょう。音楽家は、楽器を使って素晴らしい音楽を奏でる。画家は、絵の具やキャンバスを使って素晴らしい絵を描く。企業家は、かけがえのない人生を生きる人々が集まる場を創り、世の中をより良きものに変える事業を実現していく。その意味で、「経営」とは本来、人間にとって最高の能力が求められる「アート」なのです。

 日本語で「働く」とは、「傍」(はた)を「楽」(らく)にすること。お互いに助け合って、世の中のために素晴らしい何かを成し遂げていくこと。そして、「仕事」とは、深い縁あって一つの企業で巡り会った人間同士が、心を一つにして創り上げていく共同作品。しかし、巡り会った人間同士が心を一つにするためには、その中心にいる企業家に、何よりも深い「人間力」が求められる。だから、経営の世界では「自分を磨くこと」が究極のテーマとなるのです。そして、日本型経営においては、自分を磨くことは、単に企業の目的を達成するための手段ではありません。己を磨くことそのものが、企業家にとっては、人生の究極の目的でもある。だからこそ、企業家として生きる姿に、最高の輝きがあるのでしょう。

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2010年9月1日に上梓した著書、

『忘れられた叡智 - 詩的寓話 目に見えない資本主義』では、

「資本主義はどう変わるべきか」というテーマを、

また、

2009年6月2日に上梓した著書、

『目に見えない資本主義 - 貨幣を超えた新たな経済の誕生』では、

今回語った、日本型経営、日本型資本主義について論じました。

興味のある方は、お読みください。

『忘れられた叡智』

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『目に見えない資本主義』

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