『成長の技法』第6回 | 仕事において起こったトラブルの「意味」を考える

田坂教授に聞く「知的プロフェッショナル 成長の技法」

仕事において起こったトラブルの「意味」を考える

――:この「知的プロフェッショナル 成長の技法」の連続インタビューも、

最終回となりました。

この連載の締めくくりにおいては、

知的プロフェッショナルが成長していくための技法として、

最も大切と思われることをお聞かせください。

田坂:大切な技法は、まだ色々とありますが、

この最終回、締めくくりにおいて、一つ挙げるとすれば、

「意味を考える」という技法です。

――:「意味を考える」という技法ですか?

田坂:そうです。

この技法は、実は、

第2回において語った「反省」という技法を、さらに深めたものです。

すなわち、「反省」という技法は、

仕事の経験、特に、仕事のミスや会議の混乱、

営業の不成功やプロジェクトの失敗など、

「ネガティブな経験」から、「なぜ、それが起こったのか」を徹底的に分析し、

「どうすれば、同じ過ちを繰り返さないですむか」を具体的に検討することによって、

プロフェッショナルとしての智恵を掴み取る技法です。

これに対して、「意味を考える」という技法は、

仕事におけるトラブルなど、「ネガティブな経験」が与えられたとき、

たとえそれが「因果的に説明のつかないもの」であっても、

「この出来事は、自分に何を教えてくれようとしているのか」

「このトラブルから、自分は何を学ばなければならないのか」と考え、

「こうしたことが起こったのは、自分の心の姿勢の、何が問題か」

と深く考える技法です。

――:「因果的に説明のつかないもの」とは、どのようなことでしょうか?

田坂:例えば、重要な顧客との会合に出席しようとしたら、

電車が突発的な事故で動かず、その会合に遅刻せざるを得なくなった、

という出来事です。

これは、ある意味で「自分には責任の無い出来事」であり、

「自分の過ち⇒電車の事故」という因果関係の無い出来事です。

これに対して、重要な会合に出席しようとしたら、

寝坊して会合に遅刻した、といった出来事は、

「因果的に説明のつくもの」です。

――:そうですね。

それは、「寝坊という自分の過ち⇒重要会合への遅刻」

という明確な因果関係がある出来事ですね。

従って、それは、「自分に責任のある出来事」ですね。

しかし、なぜ、「自分には責任の無い出来事」についても、

「この出来事は、自分に何を教えてくれようとしているのか」や

「このトラブルから、自分は何を学ばなければならないのか」

「こうしたことが起こったのは、自分の心の姿勢の、何が問題か」

と考えなければならないのでしょうか?

田坂:プロフェッショナルとして、さらなる高みへの成長を目指そうとすると、

その姿勢が求められるからです。

もとより、プロフェッショナルとしての修行の初級課程は、

自分自身が初歩的なミスを犯し、その失敗を反省することによって智恵を掴み、

成長していくというプロセスが中心となります。

そして、プロフェッショナルとしての修行の中級課程では、

自分自身はミスや過ちを犯していないが、

預かっている部下や社員がミスや過ちを犯してしまい、

その結果、自分の抱えている仕事がトラブルに巻き込まれるという問題に直面します。

こうした場面では、

「自分の部下への指導が足りなかったことが原因だ」や

「自分がしっかりとした社員を育てなかったことが原因だ」という反省となります。

しかし、プロフェッショナルとしての修行の上級課程においては、

「誰にも責任は無い出来事によって仕事がトラブルに巻き込まれる」

という経験が与えられます。

それが、例えば、電車や自動車の事故、システムの原因不明の故障、

部下の突然の怪我や急病などの出来事によって起こるトラブルです。

そして、こうした経験が与えられたとき、真摯に、

「この出来事は、自分に何を教えてくれようとしているのか」や

「このトラブルから、自分は何を学ばなければならないのか」と考え、

「こうしたことが起こったのは、自分の心の姿勢の、何が問題か」と考えるならば、

プロフェッショナルは、

その精神の深みにおいて、最も成長できる機会を掴むのです。

――:なぜ、それが「最も成長できる機会」となるのでしょうか?

田坂:まず何よりも、そのことによって、

「精神の強さ」を身につけることができるからです。

臨床心理学の世界に、「引き受け」という言葉があります。

これは、人生において生じる様々な否定的な出来事を、

「自分自身に与えられた課題」として正面から受け入れる姿勢のことですが、

この姿勢を身につけたとき、

我々は、本当の意味での「精神の強さ」を身につけることができるのです。

なぜなら、一般に、我々人間は、

人生において様々な否定的な出来事が与えられたとき、

「自分以外の誰か」や「自分以外の何か」に、

その原因や責任を押し付けようとする傾向があるからです。

例えば、自分の責任で

プロジェクトがトラブルに巻き込まれたり、失敗したときでも、

「自分にも責任の一端があるが、

誰々も、もっと早く連絡してくれればよかった」とか、

「組織全体が、こうした責任体系になっていることも問題だ」といった形で、

自分以外の誰か、自分以外の何かに

原因や責任を押し付けようとする傾向があります。

――:たしかに、我々には、そうした傾向があると思いますが、

なぜ、それが問題なのでしょうか?

そうした「責任から逃げる」という姿勢を示すと、

周りからの評価が落ちるからでしょうか?

田坂:いえ、そうではありません。

たしかに、明らかに自分の責任であることを他に責任転嫁すると、

周囲からの評価は落ちますが、

ここで申し上げたいのは、そうした問題ではありません。

――:では、なぜ、それが問題なのでしょうか?

田坂:責任転嫁すると、精神的に成長できないからです。

すなわち、問題が起こったとき、

その原因を他に求め、責任転嫁する姿勢を示すと、

心の中で、「自分には原因は無い」「自分は悪くない」という思いが

ますます強くなり、

目の前の問題に正対し、その原因となった自分の課題を見つめ、

与えられた成長の課題を受け入れることが出来なくなってしまうからです。

実際、私自身が、永年、マネジメントと経営の道を歩み、

多くの人材を見てきて学んだことは、そのことです。

預かった部下や社員の姿を見ていると、

何かトラブルが起こったとき、「自分に責任は無い」「自分は悪くない」と思い、

そう主張する人材は、自身の問題を直視できないため、

なかなか人間的に成長できない傾向があります。

逆に、明らかにそのトラブルが部下のミスが原因であっても、

「私がもっと細やかな指示をするべきでした」や

「私の指導が不十分でした」といった形で「引き受け」をする人材は、

必ずといってよいほど成長していきます。

――:その意味は理解できますが、そのケースは、

「自分に責任がある場合」と「自分の部下に責任がある場合」ですね?

「自分には責任が無い場合」にも

「引き受け」を行うことに意味があるのでしょうか?

田坂:あります。

なぜなら、明らかに「自分に責任がある場合」でさえ、

我々のエゴは、その責任を直視せず、

「自分に責任は無い」と思いたがる傾向があるからです。

その奥には、我々の心の深くの

「傷つきたくないエゴ」や「変わりたくないエゴ」があります。

その意味で、我々の精神が成長できない「隠れた大きな理由」は、

我々のエゴが、「変わりたくない」と思っているからです。

従って、まず、「自分に責任がある問題」を正面から直視し、

その責任を引き受けることは、

小さなエゴの殻を打ち破って人間的成長に向かうための

「強さ」の第一歩でもあるのです。

そして、「自分の部下に責任がある問題」においても、

その部下の責任を引き受けることは、

我々の精神を、さらに強いものとしてくれます。

そうであるならば、

電車や自動車の事故、システムの突発的故障、

部下の怪我や病気などの偶発的・不可抗力的な出来事といった、

明らかに「自分には責任の無い問題」をも引き受けるならば、

我々の精神は、さらに強いものになっていきます。

そして、一人のプロフェッショナルとして、

一人の人間として成長していくためには、究極、

自身のエゴに流されない、その「精神の強さ」こそが求められるのです。

――:たしかにそうですね。その「引き受け」という考えは、

最先端の臨床心理学などの分野で注目されている新しい考えなのでしょうか?

田坂:いえ、そうではありません。

この「引き受け」の思想は、日本においては、古くから存在しています。

そして、多くの優れた人物は、この考えを、自ら行じています。

それを象徴する言葉が、我が国には、あります。

「不徳の致すところ」という言葉です。

――:「不徳の致すところ」という言葉ですか・・・。

その言葉は、いまでも、しばしば耳にしますね。

田坂:ただ、最近では、

この言葉は、不祥事を起こした政治家や経営者が

「逃げ口上」や「決まり文句」のように使う言葉なので、

残念ながら、手垢がついてしまっています。

しかし、この言葉の本当の意味は、

「人生において起こる様々な否定的な出来事は、究極、

自分自身の人間としての成長のために、天が与えた貴重な機会だ。

自分の人間的未熟さ(不徳)に気がつき、それを改め、

さらに人間的に成長していこう(徳を積んでいこう)」

という意味であり、そうした深みある思想が背景にあるのです。

――:なるほど。

では、仕事や人生において、様々なトラブルや否定的な出来事が起こったとき、

たとえそれが「自分には責任の無い問題」であっても、

それを「不徳の致すところ」として「引き受け」ることで、

我々は、成長していけるのでしょうか?

田坂:成長していけます。

なぜなら、我々の心の深くには、「気づき」というプロセスがあるからです。

――:「気づき」ですか?

田坂:例えば、冒頭に挙げた、電車の突発的な事故によって、

顧客との重要な会議に遅刻することになったとき、

その「原因」ではなく、「意味」を深く静かに考えるならば、

我々は、しばしば、大切なことに気がつきます。

例えば、その顧客に対して、

自分が、心の中で「商品を買わせてやろう」「売りつけてやろう」という

密やかな傲慢さと操作主義を持っていたことに気がつくかもしれません。

また、一緒にプロジェクトを進める仲間に対して、

「何で自分だけが顧客対応で苦労するのか」という

不信感や不満を抱いていたことに気がつくかもしれません。

もとより、こうしたことは、

「顧客への傲慢さ⇒電車の事故」や「仲間への不信感⇒電車の事故」という形で、

因果関係があるものではないのですが、

深く静かに考えていると、

なぜか、そこに「意味」の結びつきがあると思えてくるのです。

――:たしかに、そうした心境になることがありますね。

田坂:この辺りの機微を、ユング派の臨床心理学などにおいては、

「シンクロニシティ」(共時性)という言葉で語ります。

「意味のある偶然」といった言葉です。

実際、「自分の心の姿勢」と「電車の事故」には、

直接的な「因果のつながり」は無いのですが、

不思議な「意味のつながり」があるように思えてくることがあります。

すなわち、我々の成長のプロセスが、あるレベルにまで達すると、

「因果のつながり」から学ぶよりも、

「意味のつながり」に気づきながら、学んでいくというプロセスになっていくのです。

――:なるほど。

田坂:そして、その「意味のつながり」から学び、

成長するというスタイルを身につけたとき、

我々は、仕事と人生におけるどのような出来事からも、

大切なことを学ぶことができるようになっていきます。

その境涯を、日本では、昔から大切な言葉で教えています。

人生において起こること、すべて意味がある。

――:その言葉は、私も、耳にしたことがあります。

田坂:そうです。

多くの人が耳にするこの言葉の真の意味は、まさに、そこにあるのです。

だから、仕事や人生においてトラブルや否定的な出来事に遭遇したとき、

たとえ、それが「自分には責任の無い出来事」であっても、

まずは、それを「引き受け」、心の奥深くで正対し、

その出来事が自分に何を教えようとしているのかを考える、

自分が何を学ぶべきかを考える、

自分にとっていかなる成長が求められているのかを考える。

そうした姿勢を身につけるならば、

電車の事故などの、「単なる偶然」のように見える出来事においても、

「ああ、自分の顧客に対する心の姿勢が傲慢であった」や

「これは、職場の仲間との心の不調和を正せということなのか」

といった声が聞こえてくるでしょう。

そして、こうした姿勢を貫いて歩んでいくならば、

仕事と人生における様々なトラブルや否定的な出来事も、

「気づき」を通じて、自身の成長に結びつけていくことができるようになり、

いつか、日本において語られるもう一つの言葉の意味が、

胸に落ちる日がやってくるでしょう。

人生において起こること、すべて良きこと。

私自身、いまだ修行中の一人のプロフェッショナルであり、一人の人間ですが、

いつの日か、この言葉を、

静かな信を持って語れる境涯に辿り着きたいと思っています。

この連続インタビューを読んで頂いたすべての方々が、

人生における様々な出来事を糧として、

プロフェッショナルとして、人間として、素晴らしい道を歩まれることを、

心より願っています。

――:有り難うございました。

田坂:有り難うございました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2014年5月15日に上梓した新著、

『知性を磨く 「スーパージェネラリスト」の時代』では、

「答えの無い問い」に深く向き合うことこそが、

「知性を磨く」ということであると語りましたが、

今回お話しした「自分に直接の責任は無い仕事のトラブル」に遭遇したとき、

「この出来事は、自分に何を教えてくれようとしているのか」という問いを

深く問う力も、「知性」に他なりません。

興味のある方は、お読みください。

http://www.amazon.co.jp/dp/4334038018/