『おもてなし』の思想

いま、書店に行くと、『操作主義』の本があふれています。

どうすれば人を思うままに動かせるか、

意のままに操れるかという話ばかり。

それゆえ、『おもてなし』の精神も、

この操作主義の発想で語られてしまう。

いわく『おもてなしによって、お客様を集められる』

『おもてなしで、高付加価値化できる』。

そういった錯誤です。

しかし、『おもてなし』の精神とは、

本来、そうした操作主義や営利主義とは対極にあるもの。

なぜなら、『おもてなし』の精神は、本来、茶道に由来し、

茶道の根底には『主客一体』との禅の思想が宿っているからです。

しかし、『おもてなし』を金儲けのビジネスに結びつけた瞬間に、

主客が分離してしまう。

そして、それは操作主義に染まることによって、

まったく異質のものに転落してしまう。

『おもてなし』の精神を語るならば、

その奥に、深い宗教的な思想があることを理解するべきでしょう。

では、このおもてなしの精神の奥にある、

大切な思想とは何か。

『一期一会』の思想です。

しかし、この言葉も、旅館や料亭などで

『一期一会のおもてなしをします』などと安易に語られます。

けれども、『一期一会』とは、本来、

心の奥深くの覚悟のこと。

深い縁あって、今生、巡り会った。

一瞬と呼ぶべき短い人生の中で、

互いに巡り会い、一つの時を共にする。

それは、今生、ただ一度の出会いと覚悟し、

そのひと時を、思いを込め、心を込めて、過ごす。

その覚悟のことです。

我々が、その覚悟を本当に掴みたいならば、

人生の無常観や死生観を掴むことが求められます。

それゆえ、『おもてなし』の精神とは、

本来、人間としての深い精神的修養によって身につけられるものであり、

ビジネスの世界で、『おもてなし』を語るということは、

実は、『日々の仕事を通じて己を磨く』という

日本的な思想を真摯に行じることを意味しているのです。

日本的精神に宿る『三つの思想』

これからの時代、

こうした日本的精神の深みが、重視されるようになるでしょう。

なぜなら、日本的精神の根底には

『三つの思想』が宿っているからです。

第一は『有限の思想』。

いま、世界全体が地球環境問題の深刻な危機に直面するなかで、

地球の大きさには限りがあり、その中で、貴重な資源を大切に使い、

環境を保護していかなければならないという思想が広がっています。

しかし、日本という国は、もとより狭い島国であり、

限りある土地や資源を大切に使っていく智恵を育んできた国です。

第二は『無常の思想』。

先進国は、情報革命の急速な進展の中で、

ドッグ・イヤーやマウス・イヤーと呼ばれる

変化の激しい時代を迎えています。

しかし、日本という国は、もとより豊かな四季の巡りの中にある国であり、

移ろいゆく季節の中で、深い無常観を身につけ、

すべてが変わっていくという思想を、その文化の根底に抱いてきました。

第三は『共生の思想』。

欧米においては、科学技術の力で自然を征服するという思想が根強くありましたが、

気候一つ制御できないという地球温暖化の現実の前に、

自然は征服の対象ではなく、共生の対象であるとの思想が広がっています。

しかし、日本という国は、『山川草木国土悉皆仏性』の言葉に象徴されるように、

古くから自然に生かされているという思想を持った国です。

そして、また、宗教的対立が激化し、テロが増大する世界において、

いま、多様な価値観の共生が求められる時代。

日本は、古くから『八百万の神』『神仏習合』の国であり、

多様な価値観を受け入れ、その共生を可能にしてきた国です。

すなわち、この日本的精神の真髄とでも呼ぶべき『三つの思想』は、

現在、世界全体が学びつつある思想を、すでに古くから体現していたのです。

我々は、これからの情報革命の進展と資本主義の進化の中で、

『主客一体』と『一期一会』の精神とともに、

この日本的な思想の原点を見つめ直すべきでしょう。