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1周年を迎えたApple Musicを取り巻く環境 - 競合とのせめぎ合い、買収観測も

松村太郎ジャーナリスト/iU 専任教員
WWDC16で披露されたiOS 10でデザインが刷新されたApple Music

Appleの定額ストリーミングサービス「Apple Music」は、2016年6月30日で1周年を迎えました。現在の有料ユーザー数は1500万人以上で、2016年に入ってから毎月100万人のペースで増加しています。

WWDC16では、これまで課題だったユーザー体験、特に「たくさんタップしなければ音楽を聴き始められない操作性」の問題にメスを入れ、全く新しいデザインを、iOS 10 / tvOS / macOS SierraのiTunesで披露しました。

主要な音楽ストリーミングサービスのプレイヤーの中で、Apple Musicは2位を獲得しましたが、トップのSpotifyは有料会員3000万人を突破し、以前ダブルスコアの差があります。3位以下は、Pandraの390万人、Rhapsodyの350万人、Tidalの300万人となっています。

主要音楽定額サービスの有料会員数の比較(via Statista.com)
主要音楽定額サービスの有料会員数の比較(via Statista.com)

Spotifyは、App Storeの手数料に不満

ここにきて、Apple Musicと競合サービスの間で、幾つかのニュースが出ています。まずは最大手のSpotify。同社はApple Music以前から、iPhone向けに音楽定額サービスを提供してきました。ウェブサイトから有料直接会員登録も可能ですが、手軽なアプリ内課金も用いています。

Spotifyは、このアプリ内課金に関して、App Store経由の課金にかかる手数料の30%を回避するため、iPhoneのアプリ内課金は、直接の登録よりも3ドル高い価格、つまり10ドルの月額料金の3割増しの価格を設定してきました。加えて、自社サイトから申し込む有料会員に対して、初めの3ヶ月間を月額0.99ドルにするプロモーションも展開しています。

AppleはこうしたSpotifyの施策が、App Storeに設定しているビジネスモデルのルールに反するとして、最新版のSpotifyアプリの審査を差し戻しました。Appleとしては、自前の課金システムを回避させるようなビジネス設計をやめさせたいと考えており、App Storeにそうしたルールを敷いてきました。

この差し戻しで、Spotifyは最新のアプリをユーザーに提供できない状態にあります。そこでSpotifyはAppleに対して、米国やEUの不正競争防止の法律に反するとし、問題を是正するよう書簡を送っています。Appleが自社の競合サービスであるApple Musicを優位に立たせようとし、Spotifyとそのユーザーに不利益を与えている、というのです。

Re/code: Spotify says Apple won’t approve a new version of its app because it doesn’t want competition for Apple Music

Spotifyの不満に対して、Appleは、「Spotifyは自分たちを特別扱いしろ、と言っている」と反論しました。App Storeのルールは、Apple Music以前から設計されているもので、Spotifyは(自社サイトとアプリ内課金の価格差を設けているため)ビジネスモデル条項を違反し続けているじゃないか、というのです。Spotifyは、すでに特別扱いしているんだ、ということでした。

Apple Slams Spotify For Asking For “Preferential Treatment”

正直なところ、プラットフォーマーであるAppleやGoogleが、音楽に限らず、OSに始めからインストールされているアプリを使えば、競争上優位になるのは目に見えている話で、AppleがSpotifyに意地悪をしているとのみかた以上に、それ以上の優位性を作れていないSpotifyの焦りを感じます。

この手のサービスでの優位性は、価格とカタログが最も大きな要素ですが。

AppleによるTidalの買収はあるのか?

Wall Street Journalによると、Appleは米国の音楽ストリーミングサービスTidalの買収に興味を示しているそうです。これについて、Re/codeも同意の記事を出しています。

WSJ: Apple in Talks to Acquire Jay Z’s Tidal Music Service

Appleは、2014年に、こちらもラッパーの大御所のDr. Dreらが立ち上げたヘッドフォンと音楽定額サービスの企業、Beatsを30億ドルで買収し、2015年にApple Musicとしてスタートさせています。

WSJによると、Tidalは前掲のデータよりも多い400万人の有料ユーザーを抱えているそうですが、このサービスの取り込みは、もちろん会員数目当てではないでしょう。

Tidalが予定する、Apple Musicの5倍以上のビットレートを誇る高音質のストリーミング資源と、運営に参画しているJay Zやその妻のBeyonce、Kanye Westといった著名アーティストの限定配信アルバムを手に入れること。サービスごとの買収が、ファンの囲い込みには有効になりそうですし。

ただ、New York Timesは、Tidalが「このディールに乗ってこないだろう」と書いていますし、Slateは「ビジネスには良いが、カルチャーには悪影響」と評価しています。

The New York Times: Apple Flounders, but Tidal Will Not Steady the Boat

Slate: Apple Might Buy Tidal, Which Is a Sort of Scary Thought

Tidalの存在理由が、「アーティストによるアーティストのためのオンラインサービス」ですが、この原則がAppleによる買収でどうなるのか、という話です。もっとも、Tidal自体も伸び悩んで苦境に立たされてはいますが。

まだまだ、始まったばかり

2015年のAppleへの参入も、若年層がYouTubeのミュージックビデオで音楽消費を続ける傾向を変えるには至っていないように思います。しかし、音楽をこれまで聞いてきた人にとって、定額サービスの普及は、習慣が変わり、より多くの楽曲に触れるようになるでしょう。

Appleは、タダノリを許さず、有料会員か否かという選択肢しか与えていない点も、アーティストがサービスづくりに参画している結果、とみれば、Tidalの意思がApple Musicに流れ込むことは、プラスに働くかもしれません。

ジャーナリスト/iU 専任教員

1980年東京生まれ。モバイル・ソーシャルを中心とした新しいメディアとライフスタイル・ワークスタイルの関係をテーマに取材・執筆を行う他、企業のアドバイザリーや企画を手がける。2020年よりiU 情報経営イノベーション専門職大学で、デザイン思考、ビジネスフレームワーク、ケーススタディ、クリエイティブの教鞭を執る。

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米国カリフォルニア州バークレー在住の松村太郎が、東京・米国西海岸の2つの視点から、テクノロジーやカルチャーの今とこれからを分かりやすく読み解きます。毎回のテーマは、モバイル、ソーシャルなどのテクノロジービジネス、日本と米国西海岸が関係するカルチャー、これらが多面的に関連するライフスタイルなど、双方の生活者の視点でご紹介します。テーマのリクエストも受け付けています。

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