ベラルーシのルカシェンコ政権が自国へ故意に集めた難民を隣国で欧州連合(EU)加盟国のポーランドに送り込もうと画策し、EUを揺さぶっていると非難されています。人権の尊重を理念に掲げながら15年の難民危機を経験したEUにとって敏感なところを「欧州最後の独裁者」につけ込まれた形。

 1994年に就任してから27年間その座にあるルカシェンコ大統領は、これまでもさまざまに国際社会を騒がせてきました。ただ、さほどに権力を維持できるには相応の理由もあります。日本の本州より小さな国土に約1000万人が暮らすベラルーシは西にEU、東にロシアという二大勢力に挟まれていて大統領はこれを「地の利」として巧みに揺さぶりながら、時に中国まで巻き込むしたたかな外交を展開してきたのです。これまでの歩みを振り返ってみました。

EUの理想と現実の繊細なギャップを突く

 まずは今回の出来事から。難民条約は難民の受け入れ拒否や追放および本国送還を原則として禁じています。まさか意図的に自国へ集結させた上で他国に送り込もうとする国家指導者が現れようとは想定していません。

 ただルカシェンコ大統領の胸の内はどうであれベラルーシにいる難民がお気の毒な状態であるのは事実。彼ら彼女らの目的地がドイツであるのも自明だからポーランドも通過させてやるだけでいい……とならないから複雑です。

 2012年、「人権への努力」などが「最も重要な成果」と評されてノーベル平和賞を受けたEUですが100万人以上が欧州へ庇護を求めた15年の難民危機で現実として抱えきれない状況が露呈。メルケル独首相は加盟国に受け入れを割り当てる案を提示するも強い反発が起きました。反対派の1つがポーランドなのです。

 EUの理想と現実の繊細なギャップである難民受け入れ問題を弱点とみたルカシェンコ大統領がそこを突いたと欧州勢はみなしています。なぜならばEUは20年のベラルーシ大統領選挙に不正があったとしてルカシェンコ6選を承認しないばかりか、反政府デモの弾圧などを理由に経済制裁を発動。翌年には旅客機を強制着陸させて乗っていた反体制派ジャーナリストを拘束する事件が起き追加制裁に踏み切っているから。どうやら難民を人質として制裁解除を勝ち得たいという思惑のようです。

別にプーチン大統領と仲良しではない

 この問題でロシアのプーチン大統領はベラルーシを擁護した発言をしています。ではルカシェンコとプーチンの両氏は仲良しかというと、これが全然そうでないからややこしい。

 91年の崩壊までベラルーシとロシアは同じソ連の一員でした。独立後初の大統領に就任したルカシェンコ氏と当時のエリツィン露大統領は両国の国家連合条約に調印。成立の暁にはルカシェンコ氏が最高指導者となる予定でした。

 しかし直後の2000年、プーチン大統領が就任すると、同じ国家連合なのだから原材料の石油や天然ガスを安く売ってくれと要求する一方、他の貿易には「我々は独立国だ」として保護主義を唱えるルカシェンコ政権を二重基準だと批判。エネルギー価格を引き上げたり約束していた支援金を渡さなかったり打ち切ったり、さらに債務返還を要求するなど強烈な圧力をかけます。ルカシェンコ大統領はロシアから自国を経る欧州への石油パイプラインに関税をかけるなどして報復。少なくとも15年ぐらいまでケンカが続いてきました。

過去にEUへも接近

 大国ロシアとやりあうためルカシェンコ大統領は何とEU接近をもくろみます。04年の東方拡大でベラルーシの隣国ポーランド、リトアニア、ラトビアが一挙にEU加盟。ベラルーシは西および北西でEUと接し、東方はロシアという地政学的位置を思いがけなく手にしたのです。

 この年に強引に憲法を改正して長期独裁を可能にした大統領にいったんは制裁措置を発動したEUに対し08年の議会議員選挙で選挙監視団を迎えるのを承諾するなど融和策を講じて制裁を一部解除してもらい、15年の大統領選(5選)も評価されて、さらなる制裁解除を勝ち取りました。

 ルカシェンコ大統領は01年、セルビアのミロシェビッチ前大統領(当時)が逮捕されて以来、「欧州最後の独裁者」と呼ばれています。つまり「ベラルーシはヨーロッパなのだ」という感覚が欧州人にあるわけです。かつて「ヨーロッパ・ロシア」と呼ばれた地域に存在しており、ポーランドと同じ国であった歴史も。その辺の心情を時にルカシェンコ大統領は利用してロシアを牽制します。ロシアとて万一ベラルーシがEU加盟に動こうものならば直接EUと国境を接する大事に至るため、コテンパンにやっつけるのは得策ではないのです。

中国とも通じて欧露二大勢力を牽制

 近年では壮大な夢である「一帯一路」構想の実現をめざす中国とも接近。ベラルーシの主産業で欧州に輸出もしている製造業は中国が最も得意とするので支援すれば念願の欧州市場への足がかりとなります。

 13年の経済投資協定調印に始まり、19年にも大きな融資案件をまとめました。武器も買い入れています。欧米が結果を認めていない20年の大統領選挙に中国は祝意を示し、旅客機強制着陸事件も欧米の非難を内政干渉だと批判しているほどです。

 ベラルーシ経済に旧ソ連の社会主義的要素が相当に残っているのも中国と親和性を高める要素でしょう。ルカシェンコ大統領にすればEU・ロシアの二大勢力双方に第3のカードとして中国を持てるのも大きな効果といえます。

「突然来日」に慌てた過去も

 20年の6選後、欧米の制裁に抗するため利害が一致しているプーチン大統領は今はルカシェンコ支持の姿勢を示しています。文句ばかりの「強いルカシェンコ」は辟易。今回のように助けを求めてくる程度の「弱いルカシェンコ」がほどよいのでしょう。さらに弱体化して隣国ウクライナのように親EU政権が誕生するのだけは避けたい。といってロシアの本音であろう「ベラルーシ編入」だけは飲まないとわかっています。とにかく何をしでかすかわからない御仁で「ルカ・ショック」とも呼ばれているのです。

 日本も「ルカ・ショック」の洗礼を受けました。1998年の長野五輪開催後、突如「来日する」と通告。大好きなアイスホッケーの試合で自国を応援するためだと。政府は安全の保障ができないから来ないでほしいと要請するも特別機をチャーターして成田空港に来てしまいました。国家元首にパスポートを見せろとはいえないし。

 ブリュッセル・モスクワ・ワシントンから北京まで手玉にとっている(つもりの)大統領。地政学的な背景が彼の存続を許しているといえるかもしれません。