大相撲の白鵬・鶴竜両横綱の「不在」が問題となっています。2人とも今年初場所まで1途中休場、3全休。主役のいない舞台に客がブーイングを浴びせるのは当然です。初場所の白鵬は新型コロナウイルス感染が理由なので仕方ないとしても鶴竜は体調不良。解説者の元横綱北の富士さんに「少しずうずうしすぎると思いませんか」(中日新聞社のコラムより)とあきれられています。

 両横綱のていたらくでしきりに憶測されるのが引退後の親方株問題。背景には公益法人とは思えない日本相撲協会(公益財団)の「江戸時代かよ」と突っ込みたくなる旧態依然たるしきたりが垣間見えます。まあ白鵬の方は純粋に「まだまだやれる」と自信をもっているだけかもしれませんが。

 折も折、時津風親方(元前頭時津海)が緊急事態宣言中の東京で麻雀に興じるなど自身2度目のコンプライアンス違反が問われ、最悪解雇される恐れが出てきました。その前に退職する意向とも。この事態が後述する鶴竜の今後に影響するという観測もなされているのです。いったい何が起きているのでしょうか。

江戸時代さながらの「株仲間」と徒弟制度の「親方」

 親方株とは俗称で「年寄名跡」が正式名称です。今に連なる大相撲の淵源は江戸時代までさかのぼります。「親方株」の由来も当時の株仲間から。税を幕府に納める代わりに営業を独占できる権利が公認される同業者組合を指します。この組合の構成員を「株」と呼ぶのです。

 親方の呼称もまた江戸由来。主として職人(大工・大鋸・木挽・鍛冶・桶結など)階級でみられた徒弟制度の名残りです。当時は親方の元に徒弟として住み込んで技術を磨きました。そういえば大相撲の「部屋」も弟子が住み込んでいます。

 現在は105家。引退と同時にどれかを「襲名」できないと協会に残れません。そうした力士をかつては「廃業」と呼びました。

 年寄=親方には2つの側面があります。

1)雇用契約……理事長(トップ)のもとで協会のさまざまな事業を担う代わりに給与を得る被雇用者

2)業務委託契約……現役力士(これもまた被雇用者)の育成業務を委任される。

 うち1)は法人に雇われている立場で他の職場で個人の権限で跡継ぎを決めるなどみられません。ゆえに2014年に公益財団法人へ移行した際に名跡(職員となる権利の呼び名)は日本相撲協会が管理し、理事会で決定すると定款に明記しました。以前は名跡の所有者が後継を定めて譲渡していましたが制度上廃止され退任(退職)する場合は後継の推薦権までしか持たなくなったのです。あわせて名跡取得を目的とする金銭等の授受も禁じました。

 しかし現実には協会管理といいつつ事実上の所有者が存在していて「推薦」よりずっと強い権限を行使しているようです。

定年と再雇用のタイミングで決まる「襲名」

 以上の条件を元に両横綱が引退できない理由をやや意地悪に推察してみましょう。

 白鵬の場合、師匠のから名跡「宮城野」を譲られるのが最もスムーズとみられます。現親方の定年(65歳)は2022年8月。横綱は引退後5年間、現役時代のしこ名で年寄を名乗れるので、ただ今引退しても継げそうなものですが、14年11月から定年後も5年は再雇用される(肩書きは「参与」)制度が始まったため現親方は29年まで協会に残れます。そうなると下手したら時間切れで「廃業」の憂き目に。

 師弟関係の良し悪しは余人にうかがえないところがあるにせよ、仮に師匠から「宮城野」を引き継ぐにはあと2年以上現役でいられるよう工夫する必要が生じ、「だから現役にしがみついている」とのうがった見方も浮上するのです。

 解決策としては現師匠の再雇用期間を短くしてもらって顧問料を先代に支払う形で本人および協会に納得してもらうという手が残っています。

「部屋持ち」名跡を継ぐ難しさ

 さらにややこしいのは現宮城野親方が部屋持ち(宮城野部屋)である点。再雇用されたとしてもの部屋経営は退かなければならず後進が必要です。見つからないと部屋消滅。部屋付き親方と名跡を交換するのが存続させるためのよくあるケースですが現宮城野の定年時点で同部屋に該当者がいません。そうなると一門(後述)の他の親方を連れてきて次の師匠にすえて名跡交換するか、新親方の名跡に部屋名を変更するか。いずれにせよ白鵬の出番はありません。

 白鵬は同じ部屋に炎鵬、石浦ら内弟子を抱えていてまるっと継承したいのは明らか。そうなるとハードルは一層高くなるのです。

両横綱に正反対に作用する3つのキーワード

 鶴竜の方は白鵬と同じ「名跡」「引退後5年間」「部屋継承」というキーワードが出てくるもののみごとなぐらい正反対。それでいてなかなか引退に踏み切れないという結論だけは似るという皮肉な状況となっています

 まず名跡は育ての親である元関脇逆鉾(2019年9月死去)の「井筒」襲名が確実視されており、後顧の憂いはなさそうですが「借株」というやっかいを抱えているのです。

 現在、井筒を名乗っているのは元関脇豊ノ島(2020年4月~)。現在、借株は禁止されているものの「一時的襲名」という一種の抜け穴が用意されていて「井筒」のような空き株やまだ現役の力士が所有している名跡を引退後に借り受けるに等しい制度が温存されています。

 もし鶴竜が近々引退して井筒を襲名したら元豊ノ島に別の株が手当てできないと彼は「廃業」。むろん鶴竜も5年間現役名で年寄を名乗る権利を有するも、それはそれで継承できる師匠の名跡がある元横綱が元関脇に遠慮するという妙な形となるため悩ましいところです。

 さらに井筒部屋が逆鉾の死去で消滅しており「井筒」所有者とみられる親族は愛弟子の鶴竜に再興してもらいたいという気持ちがあるようで本人も望んでいます。だとすれば一層「井筒」を襲名しなければなりません。借株や横綱特例では部屋持ちになれませんから。ゆえに簡単に引退できません。

中世以来の「一門」が問題をさらに複雑に

 さらにややこしいのは定款にも書かれていない「一門」の存在です。2018年の理事会で年寄は現存する5つの一門のどれかへの帰属が義務化されました。

 「一門」とは平安後期ごろから勃興した武士団の単位集団で総責任者の「惣領」「家督」(=本家)のもと「庶子」(=分家)や「郎党」(従者)が連なるのです。古くからの師弟関係などによって築かれたグループで、現在最も話題となるのが2年に1度の協会理事選挙。おおむね一門内の年寄名跡数で定員10人が割り振られます。したがって名跡が他の一門に流れると輩出できる理事数の減少にもつながりかねず、できるだけ防ごうという暗黙の了解が存在するのです。

 ここで苦慮するのが白鵬。彼の属する伊勢ヶ浜一門は5つのうちで高砂一門とともにもっとも小さい(名跡が少ない)。言い換えると「宮城野」以外の空きがほとんどありません。

 現在再雇用中の名跡が当面、白鵬の「候補」となりそうですが、「大島」は現親方が愛弟子の日本国籍を得た魁聖(日系ブラジル人)に譲るという観測がもっぱら。「桐山」も現在は一門の総帥である伊勢ヶ浜部屋付きで現役に引退後は帰化して親方になりたい意向の照ノ富士や宝富士など「本家直系」の有望力士が目白押しで割って入るのは容易ではありません。

時津風問題の行方

 鶴竜の一門は「時津風」。白鵬属する伊勢ヶ浜よりは大きい中堅です。鶴竜は前述のように引退後の「井筒」襲名が確実視されていて残るは「豊ノ島問題」。そこに冒頭の「時津風親方問題」が風が吹けば……的に襲名へ追い風となるという観測が浮かび上がる余地があります。

 「時津風」は「伊勢ヶ浜」と同じ一門の総帥名跡ですから現親方が去っても絶やさないでしょう。としたら前述の通り部屋付き親方の名跡交換がなされそう。同部屋には「枝川」と「間垣」の2人が属していて「間垣」(元土佐豊)が有力。彼が継げば自動的に空き名跡となります。それを元豊ノ島が正式取得したら鶴竜に憂いはなくなるのです。

国籍条項で思惑が外れた白鵬

 両横綱に横たわっていた難題として「年寄となるには日本国籍であること」という条件がありました。モンゴル出身の白鵬は2019年に入って帰化申請に動き9月に日本国籍を得ました。この時点で歴代最多の幕内最高優勝39回を記録しており、顕著な功績を残した力士に協会が与える「一代年寄」を外国籍のまま得ようと期待していたふしがありました。

 しかし協会幹部に国籍条項を譲る気配はなく、まずはそこをクリアする方向へ転じたと思われます。帰化が遅れた分だけ交渉が進んでいない可能性もあります。

 鶴竜は20年12月に日本国籍を取得。同年の5場所(1場所はコロナ禍で中止)のうち2場所が途中休場で2場所が全休。前年も3場所休場しています。前記のように名跡を継ぐ意思があり、だからこそ帰化申請したわけで、国籍取得までやめるにやめられなかったとも推測されます。

大相撲はスポーツでない?

 この国籍条項は妥当なのでしょうか。実は大相撲はどうやらスポーツではないようです。定款は協会の「目的」として「我が国固有の国技である相撲道の伝統と秩序を維持し継承発展させるために」存在し「相撲文化の振興と国民の心身の向上に寄与する」と掲げます。我々が国技館やテレビ桟敷で観ている大相撲は日本固有の伝統文化で、協会はそれを振興させるべく興行を打っている(そう)です。

 およそ歌舞伎や能、文楽、落語などの仲間だと。としたら「固有の国技」の担い手は日本国籍が必要というのも一応納得できます。現役力士は外国人でも構わないというあたりに疑問が残るものの。

 ただ「伝統と秩序を維持し継承発展させる」には最高位の横綱経験者を是非にも残しておくべきだともいい得ましょう。他の伝統文化と違って相撲は現役引退という区切りがあります。歌舞伎の団十郎、文楽の切場語り、落語の大トリあたりに匹敵するわけで経験者でないとわからないあれこれがあるはずですから。

 事実、協会トップの理事長(過去13人)のうち初代の民間人を除く12人の内訳は元横綱9人、元大関2人、元前頭1人。綱の重みが協会に欠かせない証左です。

横綱経験者を協会に残さない弊害

 現理事長の八角親方(元横綱北勝海)以降の横綱は11人で9人が引退しています。うち協会に残っているのは4人だけ。白鵬が外れるとなれば鶴竜が継げても11分の5です。

 白鵬に関しては17年の万歳三唱、19年の三本締めを観客へそれぞれ呼びかけた出来事に苦情が呈せられました。多用する張り手やかち上げを横綱審議委員会から「横綱相撲とはいえない」と批判されてもいます。

 ただこうした技が目立ち始めたのも17年頃から。11年の八百長問題で春場所が中止に追い込まれた際の前後は綱として抜群の成績を残し、同年の東日本大震災後の巡業でも立派な姿を称えられているのです。07年の力士暴行死事件の時も大関から横綱に駆け上がって優勝を重ねました。歴代最多の優勝回数もさることながら、このような功績も大きいはずです。何かと批判されはじめた時分は引退しようにも国籍条項が満たせなかったという背景が見逃せません。

二股膏薬的な協会員の指揮命令権の所在

 仮に白鵬に名跡が巡ってこなかったら絶対に協会から離れなければならないでしょうか。注目すべきは前述した2)すなわち業務委託契約先としての側面です。

 定款には「相撲部屋を運営する者及び他の者のうち、この法人が認める者に、人材育成業務を委託する」とあります。ふつうに読めば「運営する者」が部屋持ち親方で「他の者」が部屋付き。要するに名跡を持つ者となりましょう。しかしこの当てはめが協会のあり方だと実に奇妙で悪くいえば二股膏薬的な現象を生み出すのです。

 まず委託先=年寄とすれば年寄=被雇用者なので雇用者(協会)は当然ながら指揮命令権を持ちます。他方、業務委託とは民法上の準委任を指していると思われ雇用者には「人材育成」(業務)の指示をする指揮命令権がありません。

 角界で不祥事などが騒がれると理事や協会役員がメディアに「師匠に任せてある」「師匠の責任だ」「師匠に聞いてくれ」と繰り返すのはこの指揮命令権に関わるからでしょう。

 ただ一般の組織に置き換えると不思議な感覚。例えば協会の事業のうち「広報」としましょう。広報部長の職務は年寄=被雇用者が担い協会に指揮命令権があります。普通のビジネスパーソンとここまでは同じ。

 一方で広報部長は同時に部屋で「人材育成」を業務委託しており、こちらには指揮命令権が及びません。では「人材」とは誰かというと主に被雇用者(すなわち指揮命令権が及ぶ)たる力士を指すのは明白。その力士の対戦(本場所)や巡業が協会最大の事業であるのも火を見るより明らか。実に奇妙な構図です。会社の広報部長が部長としての仕事をするのは社員としての仕事で一線の社員=力士(部員ですらない)の育成は業務委託……。そんな組織が他にあるでしょうか。

 ここから敷衍すると定款の少なくとも「他の者」は名跡を持っていなくても構わないのではという理屈も成り立ちそうです。そもそも典型的な業務委託(ここでは準委任)として挙げられそうなコールセンターとかコンサルといった職種は外部の組織や個人に頼む(外注)のが一般的です。

 つまり名跡がなくて協会に雇われていなくても「人材育成」には携われると。それを親方と呼ぶのも変ではないでしょう。白鵬がもし名跡を得られなくても、こちら側で遇する余地はあり得ようかと。今後そうした議論が湧き上がるかもしれません。