WTOは死んだのか。軍靴の音が再び聞こえる

アメリカの出方に命運がかかっている(写真:ロイター/アフロ)

 12月11日、世界貿易機関(WTO)の紛争処理機能が停止してしまいました。貿易紛争の最終的な解決をはかる上級委員会(委員は7人の専門家)で最低限必要な3人のうち2人の任期が切れ、後任が選ばれなかったからです。理由はアメリカが選任に反対したから。WTOは加盟164カ国・地域の全会一致が原則で1国(=アメリカ)でも反対したら何も決まりません。

 ……と初っぱなから小難しい話になりましたが、この事態は貿易紛争のみならず戦火を交える本当の戦争への滑走路になるかもしれないと申せば深刻さがわかっていただけるでしょうか。以下に分析を試みてみます。

ブロック経済に疎外された日本

 WTOの前身組織である「関税と貿易に関する一般協定」(GATT)が発足したのが1948年。先の大戦が29年に端を発する大恐慌への対応として主要国が特定の国だけを囲い込んで他を排除したブロック経済を敷いたのが大きな要因とされたのを反省してのことでした。

 大恐慌の震源地アメリカのフーヴァー大統領は「スムート・ホーレー法」制定に走ります。高関税と国内産業保護で大不況を乗り切ろうと考えたのです。他の主要国も対抗して似たような仕組み作りにまい進します。イギリスは英連邦加盟国にだけ低い関税(特恵関税)を適用して他国の製品を排除しました。フランスも追随。

 日本も植民地だった台湾と朝鮮、さらに軍事力で樹立した「満州国」などで円ブロックを構築するも不十分で代わりになる市場を東亜新秩序建設の名の下に中国との戦争で獲得しようとしました。第1次世界大戦敗北で植民地を失ったドイツ国民はヒトラーの拡大政策を支持します。こうした角逐が何をもたらしたかはいうまでもありません。

世界全体の経済発展をはかる国際組織

 そこでGATTは「自由・無差別」を理念に排除の典型である関税率の引き下げなどを徐々に進めて世界経済の自由化に務めてきました。「無差別」は2国間以上での交渉で相手国に認めた条件をすべての加盟国に適用する最恵国待遇が基本。55年に加盟した日本は戦前に軍事力でもぎ取ろうとした市場と資源への自由なアクセス権を平和裏に得られたのです。こうしたGATTのあり方は結果的に英連邦特恵関税制度のようなブロックを無力化する役割も果たしました。

 その発展形が95年に発足したWTO。「自由・無差別」の理念を継承しつつ、協定(条約)から国際機関へと強化されました。改組される根拠となったGATTウルグアイ・ラウンド(1994年妥結)にモノの貿易のみならず通信、金融、流通などのサービス分野や投資、知的財産権の保護も対象に加える組織となり、 ジュネーヴ に常設の本部も置いたのです。

 決定を多数決でなく加盟国の全会一致で議決するとしたのは不満を持つ国が脱退したら世界経済が分断されてしまうため。ゆえに途上国の存在感は他の国際機関に比して高い傾向がみられます。これもまた大国の独りよがりを防ぐ効果を狙ったものでした。

 WTOの役割をザックリ表現すれば貿易に関する国際(世界共通)ルールを定めて発展させ、なるべく偏りなく世界全体の経済発展をはかる国際組織といえましょう。リカードの比較優位論が根本理論です。自由貿易の守護神として全世界一律のルールで貿易すれば問題など何も起きない……理屈の上ではそうなります。

のっけからつまずいたドーハ・ラウンド交渉

 ただ時代とともにさまざまな変化が生じるのも事実でWTOではGATTと同じく「ラウンド」と称する貿易の自由化ルールを討議する多角的貿易交渉を行っています。01年からドーハ・ラウンドの交渉スタート。主なテーマは「開発」で途上国を含めた貿易ルールや何かともめやすい農業分野の自由化ルールを確立しようと試みます。

 「先進国と途上国」および「農業」はGATT時代も利害調整が難しいので先送りされてきたテーマです。具体的には途上国との経済格差を縮めつつ経済発展につながる方策を優先的に取り組んで、途上国もラウンドへ積極的に参加してもらうのを期待しました。

 誤算はこの「WTO最初の大仕事」が遅々として進まなかった点。当初の最終期限は06年でしたが、まとまらず凍結してしまいます。最大の懸案は農業分野。工業品などと異なり国土保全の役割や安全保障という観点から経済合理性を見逃してでも維持しておきたい理由が生じやすいからです。例えば日本は食糧自給率が低いので食糧安全保障を唱えてコメなどの主要産品に特段の関税措置を認めてもらいたい立場となります。

 世界的な枠組みだと欧州連合(EU)や日本は農産品を輸入する側なので国内農業を関税で守りたい。アメリカは輸出国であり続けるべく国内農業を補助金で維持したい。途上国の多くは最大の輸出物が農産品というケースが多いため一般に先進国へ輸出したいから関税や補助金には反対です。加えてEUの一部の国は余剰農産品に補助金をつけてアメリカ市場と対抗するややこしい形が含まれます。

08年の蹉跌

 それでも08年、アメリカは農業補助金を削減し、EUも補助金撤廃でラウンドは折り合いそうになりました。同年は世界経済を根底から破壊しかねないリーマン・ショックが襲いかかっていて「大恐慌の再来」すら予測されていました。日米欧いずれも打つ手なしにまで追い込まれたところを救ったのが11月の主要20カ国・地域(G20)首脳会議(金融サミット)でブロック経済のような保護貿易主義の排除を強調し、ラウンドの年内大筋合意が打ち出されたのも画期的でした。

 ところが別の問題が顕在化して結果的に挫折してしまいます。途上国側でブラジルなど農産品輸出国とインド・中国など輸入国の立場が異なって分裂してしまったのです。とくにG20で大きな役割を果たした中国が市場開放を最小限に食い止めたいと主張しアメリカと鋭く対立したのが致命的となりました。09年2月、アメリカは公共事業で使う鉄鋼などを自国で賄う「バイ・アメリカン」条項を含む景気対策法を成立させ保護主義的な政策をちらつかせるに至ります。

 結局、ドーハ・ラウンドは11年、主要分野(農産品や鉱工業品)での合意を断念する事実上の「休止」宣言を出し13年には税関手続きのスピードアップや途上国の農産品国内補助金を認める特例および後発発展途上国を支援する「開発」3分野の部分合意に成功するに止まっています。17年にはアメリカと中国など新興国の対立が鮮明となり閣僚会議としての宣言すら採択できなかったのです。

 ラウンド開始から20年近く経っても解決しないので「WTOは既に死んでいる」と悲観的な見方が次第に広がっています。

相対的に浮上した紛争処理能力と問題点

そんななか相対的に重きをなしたのが「交渉」ではなく「司法」的役割でした。少なくともウルグアイ・ラウンドまでのルールは確定しているので、それに違反するかどうかを判定する紛争処理機能を指します。WTOが違反を認定すれば、被害国は加害国に制裁措置を発動できるのです。貿易紛争を当事国同士でなく国際的に処理する場はこの仕組みしかありません。

 個人のもめごとと同じく当事者同士での話し合いはこじれると延々と続くし、どうしても力の強い方が有利に展開しがちです。一応妥協が成立しても遺恨が残るおそれもありましょう。その点、WTOという公正な「裁判所」に委ねるメリットは大きいといえます。

 「わが国はWTO協定に違反する不利益を受けた」との訴えがあればまず「紛争処理小委員会(パネル)」に提訴します。パネルは報告書という形で判断をまとめ、それに不服であれば冒頭の「上級委員会」に申し立てます。ここが最終審判決に相当する報告書を公表するのです。

 例えば2012年、中国がレアメタル(希少金属)の輸出を規制した際にはアメリカ・EU・メキシコが訴えて上級委員会が中国敗訴を判断。中国は関税撤廃で応じました。14年には中国が環境保護を名目にレアアース(希土類)輸出規制をしているのは協定違反と訴えていた日・米・EUが勝っているのです。

 アメリカ敗訴もあります。13年、アメリカが中国の鉱物などの輸出品に不当廉売(反ダンピング)関税を課したのを違反として中国側が申し立てを行い17年にアメリカ敗訴が確定しました。EUと争ったボーイング社への減税措置に関する申し立てでも敗れています。

 多国間より2国間での取引を好み、自国第一を唱えるトランプ米政権にとって、特に中国との貿易摩擦を仕掛けてからWTOの司法的役割はうっとうしいようです。通商法など国内法で気に入らぬ国への制裁をちらつかせつつ、ことを有利に運びたいと考えると意のままにならない上級委員会に手足を縛られたくないでしょう。また「交渉」頓挫とともに「司法」的役割が肥大してきたのも事実です。かくしてアメリカのNOでこちらの機能も停止してしまいました。トランプ米大統領はWTO離脱すらしかねません。

「改革」の方向性はバラバラ

 「交渉」も「紛争処理能力」もダメだとWTOはお仕舞いです。各国は「WTO改革をすべきだ」の一点でまとまっているものの方向性がてんでバラバラ。アメリカは肥大化を問題視して上級委員会の機能を限定させたい方向なのに対し、中国はアメリカの保護主義的傾向から自由貿易を守る砦としての権限維持を主張。EUは上級委員会の機能不全だけは避けたくて、むしろ強化策を提案しています。

 日本は近年、韓国の水産物禁輸問題で上級委員会に「逆転敗訴」を食らった苦い経験を持つので「強化」は嫌だけど自らが訴える場所がなくなるのも困るという立場です。

EPAやFTAはブロック経済か

 今こそWTOのような自由貿易の世界共通ルールを決める組織を創設した原点に立ち戻るべきです。世界大戦のような惨禍を経済面から二度と起こしてはならないという崇高な理念を。

 上級委員会の機能停止も大問題ですけど、それ以前から理念は揺らいでいます。WTO協定が例外として認めているに過ぎない経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)が続々と結ばれているのが何よりの証左でしょう。日本も環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、日本・EU経済連携協定、日米貿易協定とこのところ立て続けに大型の協定を結んでいます。

 理由としてラウンドが決着しないのでその外で交渉をまとめるしかないという現実主義が横たわっているのはわかるのですが、特定の国々とだけ協定(条約)を結んで域内の関税をゼロにするといった仕組みはブロック経済以外の何ものでもないという批判をもう少し真剣に考えねばなりません。

 確かに戦前のブロック経済化(保護貿易化)が必ずしも戦争を惹起したわけではないという有力な反論は認められます。比較優位論も、それによって転職を余儀なくされる者が速やかに移行できるとは限らないという弱点を抱えてもいるのです。だとしてもWTOの理念を覆し、新たな構想を具体的に打ち出さない限り「WTOは死んでもいい」とはなりません。

 トランプ米大統領の個人的傾向とも言い切れません。先述の「バイ・アメリカン」条項を含む景気対策法が成立した時はオバマ大統領でした。

 元来、建国以来のアメリカは孤立主義が原則で国際協調主義は例外。 後者に明確に属する時期は第1次世界大戦参戦(1917年)から国際連盟設立(20年)までと第2次世界大戦参戦(41年)から終戦(45年)を挟んでソ連崩壊(91年)あたりまで。戦後生まれの日本人は「たまたま」珍しい国際協調主義のアメリカに出くわしたに過ぎないのかもしれません。トランプ大統領はもともとそうであった孤立主義的傾向を露骨に、わかりやすく表現しているだけで、アメリカの本質はむしろ今の方という可能性大。

 一方、戦後日本は間違いなくGATT体制に救われました。自由貿易による恩恵を最も受けた国の1つなのです。ゆえにWTO問題はもっと真剣にとらえる必要がありましょう。