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在任日数で並ぶ安倍首相と佐藤栄作元首相の共通点など

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
新・三種の神器でわきかえった(写真:アフロ)

 安倍晋三首相の通算在任日数が23日で佐藤栄作元首相と並びます(2798日)。佐藤内閣はこれまで戦後最長。内閣制度創設(初代首相は伊藤博文)以後でも桂太郎に続く2位につけるのです。

 佐藤は岸信介元首相の弟。安倍首相は岸の孫なので大叔父に並んだという側面もあります。衆議院の選挙区も同じ山口県。これを機に佐藤政権の概略と安倍政権との若干の比較を試みてみます。

当時の首相から異例の抜擢

 佐藤は旧運輸省(現在の国土交通省)事務方トップの次官(後の事務次官)まで40代で登りつめた官僚です。次官就任時点は終戦直後で縁戚にあたる吉田茂率いる自由党系と当時政権を担っていた日本社会党・民主党・国民協同党3党連立政権が覇を競っていました。吉田は自らが外務官僚出身で地方議員などから叩き上げてきた「党人派」と肌が合わず、同じ官僚出身者を育てて自陣を固める「吉田学校」と俗称される基盤を築いていました。佐藤も呼応して次官を辞任して「入学」します。

 1948年、政権を奪還して成立した第2次吉田内閣で佐藤は非議員でありながら内閣官房長官に異例の抜擢。翌年1月の総選挙で衆議院議員に初当選したのです。その後も吉田長期政権下で要職を歴任しました。

 時の権力者に見初められてキャリアアップした点は安倍首相も似ています。小泉純一郎政権下で2003年、当選3回でいきなり自民党ナンバー2の幹事長に据えられ、05年には内閣官房長官で初入閣したのです。

鳩山家との因縁

 54年、吉田の終生のライバル鳩山一郎が結成した日本民主党を背景に首相就任。翌年には自由党との合同話が持ち上がりました。吉田総辞職に道をつけた緒方竹虎自由党総裁は推進して自由民主党が結成されたのです。吉田は渋々退陣した上に大嫌いな鳩山と一緒になるなどまっぴら御免と参加せず、佐藤も同調しました。鳩山が56年末に退陣してようやく自民党へと加わったのです。

 親分にしたがっただけなのかもしれませんが佐藤もまた非鳩山でした。安倍首相が「悪夢」とまで表現する民主党政権(2009年成立)の最初は鳩山由紀夫首相で一郎の孫です。血縁であれこれ論じるのはおかしいとの意見を承知でいえば、これもまた一種の因縁でしょう。

 結果的に旧吉田系は自民党内で佐藤派、同じ「吉田学校」門下生の池田勇人派、緒方急死を引き継いだ石井光次郎派で鼎立。さらにいずれにも与しなかった大野伴睦が認められます。

 一方の鳩山系は自由党から転じて自民党の初代幹事長を務めた岸信介、党人派最強と目された河野一郎派、鳩山の後に首相へ就任した石橋湛山派が主な勢力。

 後は鳩山系ながら独自路線指向の強い三木武夫派が一家をなしていたのです。

 このように吉田、鳩山という戦後第1世代が退いた後、群雄割拠の様相を呈した自民党。このなかから佐藤がなぜ抜け出して長期政権を築けたのでしょうか

岸信介を巡るあれこれ

 自民党総裁選挙で岸を破って政権の座についた石橋は病で短期間で総辞職。岸政権が樹立されます。兄を党三役や閣僚として支えた佐藤は次の首相候補に擬せられるまで成長しました。しかし岸後継を決める総裁選で佐藤は立候補せず同志ともライバルともいえる池田支援に回ったのです。両者の師匠である吉田の判断とも、さすがに「兄の後が弟」では収まらないという思惑とも、岸倒閣時点の評判が最悪で火中の栗を拾わない安全策だったとも。

 それでも64年の総裁選で佐藤は池田3選に異議を唱えて立候補しました。敗北するも池田が直後に体調不良で退陣。佐藤内閣がついに誕生したのです。

 佐藤は経歴からインフラ畑で「所得倍増」など財政政策を前面に押し出した池田とは思想の根本部分で隔たりがありました。ところが皮肉なもので佐藤政権最大の追い風が池田の時にすでに起き、佐藤時代に全盛を迎える経済の高度成長だったのです。

経済成長と東京五輪

 佐藤内閣が最初に直面した課題が東京五輪後の不景気とりわけ証券業の危機でした。大手の山一證券倒産が現実化するなか、田中角栄大蔵大臣の豪腕で日本銀行の特別融資(無担保・無制限)で乗り切ったのです。田中は佐藤派の重鎮でありながら池田とも気脈を通じる代表的な党人派として以後着々と地歩を固めていきます。

 そして翌65年末から70年にかけて空前の好況「いざなぎ景気」に列島はわきかえりました。佐藤政権は64年から72年なので大部分が重なるのです。1ドル360円の固定相場に裏打ちされた円安と石油などの原料安に支えられ、輸出では重化学工業製品がけん引しました。内需でも新・三種の神器(自動車・カラーテレビ・クーラー)が「3C」と呼ばれて中心的役割を果たします。

 68年には国民総生産(GNP)がアメリカに次ぐ世界第2位となりました。名目で毎年10%~14%の成長率。10%を身長に例えると150センチだったのが165・181.5・199.65と伸びていく感じ。「経済大国」が現出したのです。敗戦から20年ほどで「焼け野原」の日本人は遂に「人類の進歩と調和」(70年の日本万国博覧会テーマ)を考えるほど豊かになりました。

 好調な経済と長期政権にはおそらく一定の相関関係があるでしょう。2012年末から今日までの好景気はいざなぎとは比較にならないほど低成長で実感も薄いと指摘されながらも続いているとみられます(確定はしていない)。やはり第2次安倍政権とほぼ一致するのです。

 東京五輪も微妙に関連しそう。佐藤政権では最初期に、安倍政権はこのまま総裁4選がなければ最末期に宴の後を迎えることになります。

日韓関係と沖縄

 佐藤政権の外交上の功績としてあげられるのが65年の日韓基本条約と72年の沖縄返還です。このあたりも安倍政権との符丁を感じさせます。

 日韓基本条約を批准するかどうかを議論した「批准国会」で野党は猛反対しました。「もはや無効」という文言が韓国併合条約そのものも無効であるのか当時は有効であったけど今となっては無効だとも取れる、強権政治を敷く朴正煕大統領を相手として大丈夫なのかと政府を追及し最後は強行採決されました。今、この条約の付随協定である日韓請求権協定をめぐる裁判で両国政府が激しい応酬を繰り広げているのは周知の通りです。

 沖縄返還は65年に戦後初めて首相として訪沖した佐藤が「沖縄の祖国復帰が実現しない限り日本の戦後はおわらない」と決意を示し「核抜き・本土並み」での返還を実現させました。佐藤首相は67年に核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」とする非核三原則を国会で表明しており「核抜き」は譲れない一線だったのです。他方、返還協定の裏で核持ち込みを含む「密約」の存在が当時からささやかれており未だ議論されています。

 沖縄が祖国復帰するとは日米安全保障条約や日米地位協定も適用範囲となるのを意味し現在へつながる課題となったまま。象徴的なテーマである米海兵隊普天間飛行場の移設問題で政府と沖縄県知事ら「オール沖縄」とが対立していて先が見通せない状況です。

ライバル「消滅」と「不在」

 佐藤長期政権の他の大きな理由として「ライバル消滅」が挙げられましょう。先に「群雄割拠」として示した諸氏のうち池田は佐藤に首相職を譲ってまもなく死去。後継の前尾繁三郎は経歴も教養も十分ながらいかんせん権力闘争に疎く派の掌握さえままならぬありさま。石井光次郎も派閥の領袖として選挙に勝つという才覚に乏しくミニ勢力へ転落します。

 大野は64年に、河野も65年に世を去りました。河野派の多くは中曽根康弘元首相へと引き継がれるも総理総裁として名乗りをあげるのはまだ早い。1人「男は何度でも勝負する」気概で佐藤が3選、4選された総裁選に立った三木武夫が気を吐くも如何せん小派閥で太刀打ちできませんでした。

 佐藤は後継に兄の派閥を実質的に承継した福田赳夫を考えていました。ところが身内の田中角栄が台頭していて混乱を避けるべく4選出馬で収めたのです。「もう次はない」とわかると政権は急速にレームダック化し、遂には田中が派を簒奪して田中派を結成。退陣へと至りました。

 安倍首相も1次政権を巡っては「麻垣康三」(麻生太郎、谷垣禎一、福田康夫、安倍晋三の各氏)とあだ名されるライバルがいて06年の総裁選で同一派閥の福田氏を除く3人で争いました。その後「麻垣康三」は全員自民党総裁を経験し、野党時代のトップだった谷垣総裁を除く3人が首相となりました。現在、福田、谷垣両氏は政界引退。麻生氏は2次以降の安倍政権を盟友として支えています。

 2次政権以降は石破茂氏ぐらいしかライバルがいない「1強」状態です。そこで佐藤首相と同じく「4選もあるのか」という推測が流れています。

ポスト安倍を佐藤政権で例えると

 ポスト安倍を佐藤政権で例えると石破氏は三木武夫か。三木は最後に首相を射止めています。ただ彼は並々ならぬ権謀術数を操る策士でもあって石破さんとはタイプが違いそう。人気者の小泉進次郎衆議院議員を安倍首相はかつて自身が純一郎氏に引き上げてもらったように、ないしは吉田が佐藤を抜擢したように遇するか。

 岸田文雄衆議院議員は池田派の流れを汲む正統派ながら池田というより前尾の雰囲気が……(ごめんね岸田さん)。「令和おじさん」でブレイク中の菅義偉官房長官はたたき上げの苦労人という点で角栄氏と似ていなくもないけど佐藤政権で黒子に徹した保利茂タイプにも思えます。

※肩書きや敬称が煩雑ないしはややこしくなるため故人を呼び捨てています。他意はございません。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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