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就活ルール廃止で起きる超早期化と揺り戻し

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
そのカレンダーは何年生の時?(写真:アフロ)

 6月に入って、来年3月卒業見込みの大学生が続々と「内々定」を得ています。今の就活ルールである日本経済団体連合会(経団連)が定めた「採用選考に関する指針」(指針)によると6月1日から「選考開始」(選抜テストや面接など)で内定は10月。でも実態は6月に事実上の内定(=内々定)が出されているのです。

 既に形骸化している「指針」を経団連は21年3月卒業見込みの大学生から廃止すると決定しています。混乱を避けるため同年のルールを政府が主導して企業へ呼びかける形で維持すると表明しましたが、以後はまだどうするか決まっていないのです。

 就活ルールは1953年、送り出す大学、雇う日本経営者団体連盟(=日経連。2002年に経団連と統合)に当時の文部省と労働省が話し合って決めた「就職協定」以来、作っては破られる歴史が続いてきました。なぜなのか。今後はどうなるでしょうか。展望してみました。

しょせん経団連は「大企業クラブ」

 1997年に就職協定が廃止されて以来、主に音頭を取ってきた経団連は「大企業クラブ」です。従業員数で7割を占める中小企業のほとんどが加盟していません(させてもらえません?)。日本は大企業指向が高いので、スタートから人材獲得で不利な中小が「指針」にしたがっていたら身の破滅。外資系や多くのICT関連企業も加わっておらず、当然のごとく6月以前に堂々と内定を出しています。「指針」廃止は中西宏明経団連会長が記者会見で述べた通り「会員企業はものすごく不満」だからでしょう。

 経団連内部も一枚岩になりきれるはずもありません。何しろライバル同士の集合体だから。人材を争奪する敵同士の呉越同舟なのです。

新卒一括採用方式が根源

 日本は大卒後すぐに就職する新卒一括採用方式が主流です。当然ながら大学在学中に採用者を決定しなければならないため主に大学何年生のいつから採用活動ができるのかという議論になってしまうのです。

 新卒一括採用方式は日本型雇用に欠かせません。大半の企業は特に文系学生に対して「大学で何を学んだか」をさして重視せず、自社に合った人材をまっさらなまま採用して入社後に各々の研修制度などで育てていくのです。背景には年功序列と終身雇用という崩れそうで崩れない、これまた日本型雇用と継ぎ目なしでつながっています。

 新卒で入ったら定年まで同じ会社で働くのを当然視する終身雇用は就職ならぬ「就社」。ゆえに同一職種でも異なる社内慣行や社風が存在するため「我が社」に適応できるよう若いうちは白紙の状態から訓練して育て上げていきます。

 戦力となるまでの期間は正社員でも一種の見習いで、ゆえに賃金が低く抑えられて一人前になったところで給料を上げていきます。「就社」なので子育てや教育にカネがかかる40~50代に困らないよう賃金を設定。結果として年功序列となるのです。

40年も「就社」先が残っているという幻想

 このシステムは日本経済が発展していた頃は機能していました。しかし今となっては形骸化が叫ばれているのです。皆が皆想定通りに育っていくとは限らないし、会社そのものの「もうかる仕組み」も刻々と変化している今日、定年(60歳)の約40年前に「我が社」にぴったりと認めた新人が役立ち続けると考える方が楽観的に過ぎますし、そもそも大企業といえども40年後に存続している保証などどこにもありません。

 他方、「就社」先の研修などで劣等生の烙印を押された者が無能とも限らないのです。単に社風になじまないだけかもしれません。しかし「就社」だと前述のように同業種でさえ文化が大きく異なるため転職は簡単にいきません。

 本物の無能としても終身雇用だと抱え込むしかないのです。高度成長の頃は地方の支店や営業所などに「栄転」の格好で左遷するという離れ業が使えましたが低成長下の現在にそうした体力のある会社がどれほど残っているでしょうか。

 中小となれば一層不利です。終身雇用という幻想を大企業ほど与えられない上に、たいていは「社内知名度100%。社外0%」のような独裁者(創業者や創業家)が君臨していて独特な社内風土を醸し出していますから。それがプラスに働いて大化けする企業も出てくるから一概に悪いとはいえませんけど他社ではまったく通じないスキル?しか学べず、イエスマンに徹せざるを得ない環境を強いられる恐れが大いにあり得ます。

「新卒」概念自体がガラパゴス

 主要国で新卒一括採用方式はみられません。そもそも「新卒採用」という概念がないのです。欠けた人材を補充する空席募集や新事業創設に基づく当該能力を有する者を新卒・既卒に限らず募集しています。研修重視の会社は少数あるとはいえ大半は即戦力を求めるのです。そのタイミングが4月に来るとは限らないので通年で募集します。

 よって日本でいう「新卒」の場合、大学での学びが戦力にあたるとみなされるかが重要となるのです。直接結びつかなければ転職を前提に未来像を描きます。例えばジャーナリストとしてやっていきたければ最初は地域のコミュニティ紙などで修業して特ダネを連発し、より上位のメディアへとスカウトされたり応募したりするのです。

 経団連自身も薄々、新卒一括採用方式が時代遅れではないかと気づいているようですけど変わりきれません。何しろ日本型雇用自体が優秀な学生に大企業を選ばせる大きな武器なので自ら捨て去れない。でも放っておけば外資や新興勢力に食われていくので就活ルールなどを自ら作って漫然と墨守すれば優秀な学生に見向きもされなくなるため「やっていられない」と「指針」を放り出したというのが実情ではないでしょうか。

学業に就活がなだれ込む理不尽

 就活ルールが問題視される大きな理由として「大学生が学業に専念できない」が唱えられます。主要国の企業は大学生のうちは学業に専念するのが当然、というより望ましいという考えてみればごく当たり前の前提で動いています。その上で「何を学んだか」が問われるのです。卒業論文も完成していないうちに内定を出すのが日本ですと伝えると多くの外国人は「何でそのような選び方ができるのか」と逆に不思議がられるほど。

 主要国もまた多くが学歴社会です。ただ日本と意味合いが異なります。わが国は比較的「どの大学へ在籍しているか」が重視され一部に「学歴フィルター」なる選別がなされると聞きます。主要国では大学名より日本語でいう「学部・学科」が重要。大学によって強弱が認められ、かつ概して卒業認定が極めて厳しいので「何を学んだか」が明瞭で際立つのです。

 日本では大学側にも評価を軽くみる風潮が一部見られます。入試偏差値(これも外国人には説明がつかない)的意味合いでトップ級の某大学・某学部のケースを1つご紹介。そこだとゼミに入れなかった学生は故に卒論を書かずに卒業できてしまいます。あってはならないはず。

厳正な単位認定より「情け」が求められる現状

 就活に関して大学側の立ち位置は「大学生が学業に専念できない」と採用側に泣きを入れて考慮してもらう、です。「専念できない」が真の課題ならば企業にすがらずとも自ら「専念」義務を課せばいい。

 就職活動を理由とした欠席は現在の「不可抗力」規定から外して単なる欠席としてカウント。問答無用に単位を与えない欠席の上限は3分の1なので卒業が難しくなります。大卒を条件に募集している企業側もこうすれば「就活させると卒業できない」という自己矛盾を抱えるため自粛するはずです。多くの教員も「大学は就職予備校ではない!」と叫んでいるのですから。

 でも無理でしょうね。すべての大学が足並みをそろえれば可能かもしれませんが「就職の良さ」を受験時の売りにしている大学が多いなか「卒業しにくい大学」と受験生に知られたら敬遠されるので経営が傾きます。教員も内定を得た学生を留年させたくないという気持ちに駆られてしまうのが現状なのです。

 1991年、明治大学法学部法律学科で必修科目が不合格となり多くの卒業見込み者が留年する騒ぎが起きました。別に4年次に新たな必修を置いたわけではなく、再履修でも救済のための試験でもアウトだから留年したわけで自業自得なはずです。ところがこの時に「あまりに情けがない」などと批判が噴出して「正しい判断である」という賛同派と議論になりました。受験時ならば1点刻みの合否に文句が出ないのに卒業時だと明らかに能力不足でも「情け」とやらが持ち出されるこの国ならではの現象でしょう。

 いっそ就活ルールを「卒業後」としてしまえばとも思います。実際、戦前に一度実行されたのですけどアッという間に瓦解していて現実的ではなさそうです。

GPAもインターンも導入したが

 アメリカで就職時でも重視されるGPA制度による成績評価を取り入れる日本の大学は増えています。ところが企業側の認識は概して薄く、学業での取り組みを軽視する傾向は残ったまま。俳優の加山雄三さんをもじった「可山優3」のひどい成績でもSPIさえ良ければカバーできると対策に没頭するというガラパゴスな世界観は相変わらずです。

 インターンシップのような本家アメリカでさえ多くの問題点を指摘されている制度を安易に導入し、本来の「職業体験」とはほど遠い1DAYなども横行。事実上の選考が大学3年の夏から行われて就活長期化の一因ともなっています。1DAYとは逆に長期間ただ働きさせる「名ばかり」インターンも目立ってきていて、外国人技能実習制度と同じような脱法的手段と化しているとの声も。

過去2回の「ルール廃止」後に起きた事態

 経団連が「指針」を廃止した理由は守っていたらいい人材が採れないからでした。似たような制度を今後政府主導で続けても罰則を設けるぐらいの強制力がなければ守られないでしょう。ここから就活自由化、新卒一括採用方式の滅亡を占う向きもあります。でも「就活ルール」の歴史をたどると簡単にそうとは言い切れません。

「守られないから止めます」は今回を含め3度みられます。1度目は日経連が1962年に野放し宣言をして就職協定が実質的に廃止された時。折からの高度成長も相まって就活は超早期化しました。大学側の困惑は今と変わらず。採用側も果てしない早期化に疲弊して結局、72年に5月1日会社訪問開始7月1日選考開始で協定が復活しました。

 2度目が97年の就職協定廃止にともなう経団連の「倫理憲章」への移行。あいまいな文言で抑止力が働かず、この際はインターンシップを名目とした超早期化が発生したのです。早いところでは大学2年で内々定も。ところがこの時は概して景気が悪く、結果として過剰な採用となった企業が出た半面で早すぎる内々定の優秀な学生が卒業時までに流出するというミスマッチが続発して疲労困憊。2003年に憲章が改定されて大学4年4月1日以前の選考を取り止めました。

 そして3度目が今回です。おそらく同じ道筋をたどるでしょう。まず超早期化が勢いのある企業を中心に仕掛けられ他社も追従、果てしない戦いが泥沼化して「何か基準がほしい」との声が沛然として至り、新たなものが生まれると。「守れないルールは要らないと思ったが、なければないでひどい目に遭うので改めて作ろう」というバカみたいな話ながら切実なループです。

 もちろん時代が異なるため「まったく同じ」ではないでしょう。近年「これは優秀だ」と誰もが認める学生や高いスキルを持つ者は大企業を敬遠する傾向が顕著にみられます。こういう方々にとって大企業の研修・育成機能はじゃまなだけだし、その分だけ賃金を抑えられるのも愚の骨頂にしか映らない。むしろ悪夢のシステムです。

 他方で日本型雇用が一夜にして崩壊するとも思えず、というか意外としぶといので大企業は大きくは変われない。新しいキャリア形成が能力の高い少数の大学生に開かれる程度の変化は期待できるかもしれません。例えば職種限定の好待遇を大企業が最初から用意するといった動きです。

 そうでない「ふつう」の学生は気の毒な状況に陥るでしょう。特に1DAYインターンシップは「職業体験」とほど遠く(1日で職業体験できる企業って?)どんどん増えている現状です。今や学生の大半が「インターンは就活のマスト」と信じ込んでいるので乱立したら大変。企業倫理が問われます。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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