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「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」はマリオ体験を映画に移植した「やらずに楽しめるゲーム」だ!

多根清史アニメライター/ゲームライター
Image:IlluminationJP

映画評論家とマリオファンの間で評価が真っ二つ?

日本でも先月末に公開された『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』はGW期間に入って映画館も大賑わい、マリオ帽子をかぶってゴキゲンな親子連れもよく見かけます。先がけて公開された米国では大ヒット、4月末には全世界興収が累計10億ドルを突破したとのニュースもありました。

それだけ話題性ある大作だけに、米国の映画評論サイトRotten Tomatoesにも多くのレビューが届けられています。その評価は、一般客のスコアが96%と満点に近く、プロの評論家は59%と厳しめ。ほぼ、真っ二つに分かれたといって過言ではありません。

が、一般客は「素晴らしいエンターテイメント!ゲームをプレイしていた子供の頃に戻りました」など物語を抜きにして楽しかった体験を強調。かたや厳しめのプロ評論家は「5歳児が楽しめる家族向けのエンターテインメントを求める親にとっては、天の恵みとも言える作品」ほかストーリーが薄くて楽しかっただけだと落胆……どちらも同じことをいってませんか?

ハリウッド映画というプラットフォームでの「やらずに楽しめるマリオゲーム」

このスーパーマリオ映画制作が発表されたのは2018年1月、かれこれ5年前のこと。実際に任天堂とイルミネーションとの共同作業が始まったのは約6年前にも遡るとのことで、それだけの期間なにをやっていたのか?と公開される前までは疑問でした。いくら大作CG映画だとしても、掛かりすぎだろうと。

しかし実際に映像を見てみると、「それだけ掛かるわ」とたちまち納得しました。冒頭で米ブルックリンに住む配管工・マリオとルイージ兄弟が送る日常が描かれることは、旧実写映画『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』とほぼ一緒。

しかし営業車が動かないからと徒歩で移動するくだりから、ブロックや障害物の上をジャンプしながらフェンスを跳び越えて……といきなり「マリオ」体験が始まっています。

後のファンタジー世界と落差を付けるためか現実に寄せているものの、「スーパーマリオオデッセイ」の都市の国「ニュードンク・シティ」に極めて近い印象。ゲーム本編に出てもおかしくないアセットで、実際にプレイヤーが操作できそうなマリオの動き。これはもう、「観るマリオゲーム」だ……。。

そんな予感は謎の土管を経てキノコ王国にたどり着いてから、ますます加速するばかり。巨大なキノコや不思議生物が闊歩するフィールドは「スーパーマリオ64」を高解像度化したようでもあり、城下町からお城に繋がる土管ワープだらけの地帯は、マリオの3D空間をゴージャス化したもの。

さらに極めつけは、マリオが特訓するステージ。ファイアバーの下をくぐったり砲台からのキラー弾幕を渡り歩いたり、「スーパーマリオメーカー」で凝りすぎたステージのRTA(リアルタイムアタック)でしょうと。

Image:IlluminationJP
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かたやルイージが落ちたダークランドはホラーっぽく、『ルイージマンション』の世界観そのもの。今回はオバキューム(掃除機)こそ持ってないものの、ルイージが主役であればライティングは薄暗く、ルイージは脅えながらもここ一番で勇気を奮い立たせてこそルイージ。

Image:IlluminationJP
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これ以上ネタバレは避けますが、どれもがマリオのゲームと地続きであり、それぞれの場面も単なる通過地点ではなくゲーム開発者によるレベルデザインを思わせるガッチリした組み方。しかしゲーム本編に組み込むと複雑すぎて誰もクリアできそうにもない。任天堂側のスタッフにとっても「お客さんが遊ぶゲームソフト」には使えない超絶難度のコースを映像化できる、夢のようなチャンスだったんじゃないでしょうか。

これはゲーム開発者の岩崎啓真さんが言われるところの「ルーク・スカイウォーカー問題」かもしれません。映画のヒーローのような体験をゲームで再現するのは非常にさじ加減が難しい。でも、これ映画じゃん!ということで、一線を飛び越えたのでは……とも思えました。

こうした「ゲーム体験を、その時々のプラットフォームに合わせて実現する」ことは、マリオシリーズでは一貫していることです。生みの親の宮本茂氏も「新しいハードが完成するとその度に趣向の違うマリオのゲームを作っている」とも語られており、それはスマホ版の『スーパーマリオラン』でも共通していたようです。

なので映画評論家が「凝ったストーリーがない、楽しい体験だけだ!」というのは、任天堂としては「そうですが、何か」じゃないでしょうか。ハリウッド映画という新たなプラットフォームで、ゲームが苦手な人でも「やらずに済む(楽しめる)ゲーム」が実現したのです。

「マリオブラザーズ」から「スーパーマリオブラザーズ」へのミッシング・リンク

任天堂にとっては「スーパー・ニンテンドー・ワールド」と同じくマリオなどのゲームの“体験”を広め、自社のハードウェアやソフトウェアを買ってもらう導線にすれば十分なはず。が、本作は長年マリオゲームと付き合い続けてきたファンに報いる思いやりも随所に見られるのです。

まず物語の初め、マリオがビル解体会社をやめて独立したという下り。元同僚の嫌味な「スパイク」は、旧名ブラッキー。『レッキングクルー』(アーケードでは1984年稼働)に出てきたライバルじゃないか。配管工となった『マリオブラザーズ』(同1983年稼働)の前の話だったのか……。

食事をしてるピザハウスの名前は『パンチアウト!!』(同1984年稼働)だし、店の片隅にあるのはマリオのデビュー作『ドンキーコング』。しかし筐体には「ジャンプマン」、つまり開発中の仮名が書かれている。巷ではイースターエッグとも呼ばれてますが、リアルタイム世代としては、アーケード時代からの中高年ゲーマーにも優しい気配りを……と胸が熱くなるのです。

それに、本作はこれまで謎だった『マリオブラザーズ』から『スーパーマリオブラザーズ』へのミッシング・リンクを初めて繋げた歴史的な作品でもあります。単なる配管工だったマリオ・ルイージ兄弟が、どうやって世界を救うヒーローになったかという、40年来の謎がようやく解けました。

あと「テーマ性」については、公式パンフレットでが「くじけずに諦めず、何度も立ち上がること」との趣旨が強調されているようです。マリオゲームに何の思い入れがなければ、なんて凡庸な主張だと思えることでしょう。

でも、ノコノコに激突したりファイアバーに焼かれたり、ギリジャンに失敗してステージ最初に戻されたり、それでも何十時間かけてマリオゲームをクリアしてきた人たちにとって、この上なく重みのあるテーマなのです。音楽の素晴らしさについても語りたくありますが、また別の機会に。

アニメライター/ゲームライター

京都大学法学部大学院修士課程卒。著書に『宇宙政治の政治経済学』(宝島社)、『ガンダムと日本人』(文春新書)、『教養としてのゲーム史』(ちくま新書)、『PS3はなぜ失敗したのか』(晋遊舎)、共著に『超クソゲー2』『超アーケード』『超ファミコン』『PCエンジン大全』(以上、太田出版)、『ゲーム制作 現場の新戦略 企画と運営のノウハウ』(MdN)など。現在はGadget GateやGet Navi Web、TechnoEdgeで記事を執筆中。

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