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『シン・ウルトラマン』はなぜ異例の大ヒットになったのか(ネタバレあり)

多根清史アニメライター/ゲームライター
(映画『シン・ウルトラマン』予告より)

もっか全国で上映中の映画『シン・ウルトラマン』が、公開3日で観客動員数64万人、興行収入は9.9億人を突破したとのこと(公式発表より)。このロケットスタートぶりに驚いているのは、他ならぬウルトラシリーズのファンや特撮オタクたちでしょう。何しろ、これまでのウルトラ映画の最高記録を数日でゴボウ抜きしたのですから。

2000年以降でいえば、最初の『ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY』が6億円。そして善戦した『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』(2006年9月公開)が6億8000万円で、『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(2008年9月公開)が8億4000万円でした。

特に「超ウルトラ8兄弟」は昭和と平成のヒーロー大集合、長野博さん(ジャニーズ!)がティガに再び変身という話題性もあり、歴代最大のヒットになったのも頷けます。それを3日で上回ったとあり、ウルトラに詳しい人ほど喜びよりもポカーンとしたんじゃないでしょうか。

以下はネタバレ全開ということで、少し改行しておきます。まだ映画を観ていない人はここで立ち去るか、自己責任で読まれるようお勧めします。

実際に映画を観てみれば、初っ端から『ウルトラQ』、つまり初代『ウルトラマン』の前番組に出てきた怪獣が次々と登場し、知らない人は何これ?だったはず。

しかも本編に現れる怪獣はネロンガやガボラなど地味めなものばかりで、人気怪獣(本作では「禍威獣」」のレッドキングやゴモラも姿を現さず。後半、宇宙人(同じく「外星人」)を中心に繰り広げられるくだりは原作をほぼ忠実になぞっており、散りばめられた小ネタの数々は予備知識のある人達に向けているかのよう。

ああ、面白かったなあ。でも、俺たち以外にはウケそうにないなあ……長年ウルトラシリーズのファンをやっている人ほど、そう思ったことでしょう。

が、フタを開ければ異例の大ヒット。劇場に足を運んだ特撮オタクらに「俺たち向け」と思わせながら、その外側に広がる「一般向け」にリーチできたとすれば、これはもう大成功といえます。オタクは「マス市場に日和ったな」と見なせば敵に回りかねませんが、味方に付ければ2回目を観たり友達を誘ったりで売上にプラスになる可能性ある存在なのですから。

なぜ、ウルトラマンにさほど詳しくない人達までも巻き込む快進撃を続けているのか。

ひとつには、やはり庵野秀明さんが深く関わった『シン・ゴジラ』と『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』とのシナジー効果でしょう。ざっくり言えば「同じシンだから、こちらも観ておこう」的な流れができていると思われることです。

『シン・ゴジラ』の興行収入が最終的には82.5億円、「シン・エヴァ」は102.8億円(2022年1月時点)。特にエヴァは令和3年公開作品の1位で「その年に一番観られた映画」であり、『名探偵コナン』や『ドラえもん』、MCU作品をしのぐ大衆エンタメ作品に位置しています。「同じシンだから、ついでに」という心理が働いても不思議ではありません。

第2に「シン」繋がりは名前だけじゃなく、内容についてもゴジラやエヴァとの繋がりがあるということ。スタッフが被っているから何となく似てる、というレベルじゃなく、かなり意識的に仕込まれているフシがあります。少なくとも、前半1時間については。

まず「シン・ゴジラ」のタイトルを突き破って「シン・ウルトラマン」が現れるオープニング。さらに巨大不明生物(怪獣)第1号のゴメスは、明らかにシン・ゴジラのCGデータを改造したもの。オリジナルのゴメス(「ウルトラQ」に登場)も着ぐるみはゴジラの改造であり、“史実”に沿いながらも「シン」繋がりで観に来た人を沸かせる(しかもCGを新規に作るコストも節約できる)合理性には唸らされました。

写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ

また本筋に入ってからの「禍威獣」は、エヴァの文法に沿っている感があります。地球に“降着”したばかりのウルトラマンが交戦するネロンガは、頭のツノといいカラーリングといい、もろにエヴァ初号機のそれ。そもそもエヴァの元ネタの1つもウルトラマン(猫背など)ですから、いわばウルトラマンVSウルトラマンですね。

(映画『シン・ウルトラマン』予告より)
(映画『シン・ウルトラマン』予告より)

続くガボラも顔が仮面のように、頭部の襟巻きやシッポがドリルのようになり、「何者かに作られた」人工物っぽさがエヴァの使徒を思わせるもの。さらに原作では1話完結だったところが、こちらでは禍威獣が「連続して出現し、互いに似ている」ことで意味が生じています。つまり何らかの大きな意思が人類に差し向けた脅威ということで、ますます使徒っぽいのです。

それら禍威獣との戦いも、組んずほぐれつの「怪獣プロレス」からはかけ離れている。互いに距離を取り合って特殊能力を応酬し合うのはエヴァに近いとともに、映画館の大画面をぞんぶんに活かした絵作りにもなっています。前2作の「シン」映画で観た満足感をさっさと与えて「とりあえずモトを取った」と思わせる作りが非常にクレバーです。

しかし後半は、かなり綱渡りだったんじゃないでしょうか。

『シン・ゴジラ』は(東日本大震災がわずか5年前という生々しい時期に)災害シミュレーション的な側面を強く持ち、「シン・エヴァ」もテレビ版から20年以上も情念を抱えた人達の憑きもの落としという、観客にとっては「自分事」が核になっていました。が、本作のそれは「ウルトラマンの人類に対する愛」という抽象度やSF度が高いテーマであり、一歩間違えれば「知らんがな」で済まされるリスクがあったはず。

樋口真嗣監督の人間ドラマ作りに関する手腕はさておき、どんな才能が手がけようとも、たった2時間であのテーマに共感してもらい、登場人物たちに感情移入させることは難しかったと思うのです。

それでも「感動した!」「地球を去ったウルトラマンに涙が溢れた」という声が聞こえてくるのは、先行した2つの「シン」がファンタジーを受け入れやすい土壌を耕してきたからじゃないでしょうか。『シン・ウルトラマン』の大ヒット(歴代ウルトラ映画の中では、すでにそう呼んでいいはず)は、あくまで「シン」シリーズの1作として分析すべきでしょう。

それを作り手が戦略的にやって狙いを達成したのだとしたら、間違いなく素晴らしいこと。商業的な成功は「次」に繋がり、特撮ファンもそれ以外のお客さんも幸せになれるのですから。今作は「シン・エヴァ」を超える200億円超えのメガヒットとなり、次回作は庵野秀明“監督”によるビッグバジェットの超大作になるよう祈りたいところです。

アニメライター/ゲームライター

京都大学法学部大学院修士課程卒。著書に『宇宙政治の政治経済学』(宝島社)、『ガンダムと日本人』(文春新書)、『教養としてのゲーム史』(ちくま新書)、『PS3はなぜ失敗したのか』(晋遊舎)、共著に『超クソゲー2』『超アーケード』『超ファミコン』『PCエンジン大全』(以上、太田出版)、『ゲーム制作 現場の新戦略 企画と運営のノウハウ』(MdN)など。現在はGadget GateやGet Navi Web、TechnoEdgeで記事を執筆中。

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