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現役引退。男子バレー元日本代表・越川優が、最後にヴォレアス北海道を選んだ理由。

田中夕子スポーツライター、フリーライター
4月10日のチャレンジマッチがラストゲームになった、ヴォレアス北海道の越川優(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

引退決意の理由は「あのサーブが入らないから」

 3月27日。

 男子V2リーグ優勝をかけた、ヴォレアス北海道と富士通カワサキレッドスピリッツの最終戦。会場の北海道・深川市総合体育館には赤いユニフォームシャツを着た、多くのヴォレアスサポーターが詰めかけた。

 ヴォレアスが勝つか、2セットを獲れば優勝。逆に富士通が3対0、もしくは3対1で勝てば優勝が決まる展開で、先に2セットを先取したのは富士通。だが、そこから「硬さが出た」という相手に対し、ヴォレアス北海道は試合巧者ぶりを見せ、序盤、中盤に連続得点でリードを広げる。

 24対14。試合は続くが、あと1点を取れば優勝が決まる、いわばビクトリーポイントともいうべき点を、セッターの浜田翔太はアウトサイドヒッターの越川優に託し、鮮やかに決める。この時点で優勝を決める1点をもぎ取っていたのだが、見せ場はそれだけに留まらず、フルセットに突入後の14対9、今度は試合を決するマッチポイントで越川にサーブ順が回ってきた。

 その場にいた、もしくは画面越しにその場面を見た多くの人がきっと同じ思いを抱いたはずだ。

 やっぱりこういう場面で回ってくるのか、と。

 振り返れば、15年のJT(現JT広島)初優勝時もそうだった。

 この試合を最後に現役を引退する小澤翔(現東海大監督)が前衛にいる。マッチポイントは越川のサーブで崩し、チャンスボールからの攻撃をきっとセッターの深津旭弘(現堺)は小澤にビクトリーポイントとして託すはず、と大半が描いた場面で、最後の得点を挙げたのは越川。圧巻のサービスエースだった。

 久しぶりにその場面を思い返しながら、北海道で再び重なるシーンに高まる期待。越川自身も「少なからず意識はした」と後に明かしたその1本は、ネットにかかり14対10。苦笑いを浮かべる越川に、同じく日本代表経験もあるヴォレアス北海道のリベロ、渡辺俊介が笑いながら叫んだ。

「優さん、ここ決めてよー!」

 結果的に富士通のスパイクがアウトになり、15点目を手にしたヴォレアス北海道が初優勝。試合後の興奮冷めやらぬコートで、表彰式に続いて行われた自身の引退セレモニーで越川が言った。

「引退を決意した理由は、最後のあのサーブです。あれがエースにならず、ネットにかかったので、僕はやめます」

 冗談交じりで笑いを誘ったが、半ば嘘ではない、と越川が明かす。

「セレモニーでは冗談として言いましたけど、正直、自分でも“落ちている”とは思いましたよ。実際今まではこういう場面で(エースを)取ってきたのに、取れなくなったわけだから。ここで自分に回ってくるのか、というのは嬉しかったですけど、でもそこで取れない。辞める、という判断は間違っていないと思わせてもらったし、それでも4セット目の最後、優勝が決まる1点を翔太が上げてくれたのは嬉しかったし、ありがたかったです」

引退試合となった4月10日のVC長野戦。サービスエースなど変わらぬ勝負強さを見せた(写真/Vリーグ)
引退試合となった4月10日のVC長野戦。サービスエースなど変わらぬ勝負強さを見せた(写真/Vリーグ)

「ヴォレアスじゃなかったらインドアをもう一度やることはなかった」

 岡谷工高在学時の02年に17歳で日本代表に初選出され、以後、ワールドカップや世界選手権など多くの国際大会に出場。08年には北京五輪にも出場した。Vリーグでもサントリー、JTでそれぞれ優勝を経験、MVPも受賞するなど華々しい戦績を誇るが、15年に代表から外れたのを機に、東京五輪への思いが捨てきれずビーチバレーへ転向した。

 とはいえインドアで成功したからビーチでも結果が出せるわけではない。自身でも「力が足りなかったし、及ばなかった」と振り返るように、ビーチバレーでは成績を残すことができず、東京五輪の夢が遠ざかる中、突如、インドア復帰を発表したのが20年8月。しかもかつて在籍したV1のチームではなく、出身地でもないV2のヴォレアス北海道への移籍であったことも驚かせた。

 なぜヴォレアス北海道だったのか。明確な理由があった、と越川は言う。

「ヴォレアスじゃなかったら、インドアをもう一度やることはなかったと思います。ビーチバレーに転向する時までは、オリンピックに出たい、とか、自分の欲が先行していたけど、ヴォレアスに『V1へ上げるために必要だ』と声をかけていただいて、その時、もう一度V1でプレーしたい、V1に上げたい、と思った。それまでは自分がゾーンに入り込むための状況をつくることに必死だったけれど、周りに合わせて、いかに動かすか。ヴォレアスに入って、確実に考え方もプレーの仕方も変わりました」

 プロ選手としての活動は今始まったことではないし、地域との深い関わりも広島で経験がある。だが、北海道の“熱”はこれまで経験したものとはまた違っていた、と振り返る。

「個別に誰かを応援するというよりも、ヴォレアス北海道というこのチームを応援しているんだ、というのが伝わってくるんです。ホームゲームはもちろんだし、日常もそう。サフィルヴァ(北海道)との北海道ダービーになれば、ヴォレアスの赤とサフィルヴァの黄色を着たサポーターがどちらもしっかりいて、応援して、盛り上がる。あの空気感は今までにないものでした。いろんな意味で今までなかった経験ができたのは、これからの自分にとってもすごくプラスだと思うし、ここに来なかったら、得られないものでした」

「優さんとコートに入ると“何とかなる”と安心できる」

 だからこそ、越川にとってV1昇格は目標ではなく使命だった。

 昨年末の天皇杯でウルフドッグス名古屋と対戦、完璧な準備をして、現時点でほぼ完璧に近いパフォーマンスができた確信はあったが試合に敗れ、改めて引退を決意し、翌日エド・クラインヘッドコーチに今季限りの引退を申し出た。

 まだやれるのではないか。V1に昇格して、もう一度V1でプレーしてからでもいいのではないか。引き留める声もあったが、「今年以上のパフォーマンスが来年できるとは考えられない。今年上げられなかったら、自分の力では(V1に)上げられない」という決意は固く、3月21日に引退を正式発表。V2優勝で出場権を得た5月の黒鷲旗への出場をヴォレアス北海道が見送ったため、4月9、10日の小田原アリーナでのVC長野とのチャレンジマッチが現役最後の試合となった。

 初戦をフルセットの末に撃破し、続く2戦目を第1セットを37対35と大接戦の末に先取、セットカウント2対1と優位に進めた。だが前日とは攻撃パターンを変え、ミドルを多用したVC長野の攻撃、ブロックディフェンスも含めた組織力の前に、逆転の末フルセットで敗れ、1勝1敗で並びながらもわずかな得点率の差で昇格は叶わなかった。

 悲願を信じ、北海道からも詰めかけた多くのサポーターの前で、崩れ落ちる選手たちをなだめ、スタンドに目を向ける越川からも涙があふれる。

 背番号と同じく7回、胴上げで宙に舞い、集合写真を撮るべく中央に座った越川の隣で、主将の佐々木博秋が人目をはばからず号泣する。悲願だったV2優勝時も涙は見せず、「入れ替え戦で勝ったら泣くかもしれない」とクールにふるまってきた主将が、眼前に多くのカメラが並び、視線が向けられていることなど気にせずタオルで顔を覆う。

「1年半、優さんと一緒にバレーをしてきて、頼りになるというよりもコートへ一緒に入るだけで安心感のある、尊敬できる先輩でした。正直、自分は今までこの人と一緒にやっていて安心する、と思える選手があんまりいなかった中で、優さんは10個上ですけど、一緒にコートへ入っていると何とかなる気がするし、頼りになる。今季は自分がキャプテンでしたけど、試合中だけじゃなく優さんに相談していたし、練習中も口は出さなくても若い子たちを引っ張ってくれるから、すごくやりやすいチームにしてくれた。いいチームになったな、と思います」

得点率で惜しくも昇格を逃し、越川は現役引退。人目をはばからず号泣する佐々木主将をなだめる一幕も(写真/Vリーグ)
得点率で惜しくも昇格を逃し、越川は現役引退。人目をはばからず号泣する佐々木主将をなだめる一幕も(写真/Vリーグ)

「ヴォレアス北海道に来てよかった」

 28年に及んだバレーボール人生にひと区切り。

 最後の試合を終え、思いを問われると「難しい」と笑い、越川が言った。

「率直な気持ちを言えば、勝てなかったので悔しいし残念。このチームを昇格させるという役割を果たせなかった、という思いがあります。ただ、最後がこのヴォレアス北海道という上に向かってチャレンジする、前に進むチームでやれたことはすごくプラスになった。僕自身、いくつものチームでやらせてもらって、自分の年齢が上に上がるにつれ、自分がやってきたことだけを伝えても伝わらないだろうし、苦労したこともありました。でも、その経験のおかげで自分がただプレーするだけでなく、若い選手を引き上げる、伝える、それがすごく勉強にもなったし、この経験があったからこそ、これからできることもあると思っています。そう思えるのは今までプレーさせてもらったすべてのチームのおかげで、その経験があるからこそだと感謝していますし、その最後がこのチームでよかった。ヴォレアス北海道に来て、本当によかったと、今、思っています」

 涙を拭い、最後は笑顔で。ユニフォームと仲間たちに別れを告げ、新たな道へ歩き出す。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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