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ヴォレアス北海道 エド・クラインヘッドコーチインタビュー後編 プロとして戦う意味。「変化を恐れるな」

田中夕子スポーツライター、フリーライター
クロアチアの知将は日本バレー界の未来も危惧する(写真/ヴォレアス北海道)

明確な理念のもと挑戦を続けるヴォレアス北海道

 変化を恐れずチャレンジする。ヴォレアス北海道はプロクラブとして16年に発足、翌年クロアチア出身で、欧州など世界各国での指導キャリアを持つエド・クラインヘッドコーチが就任した。目指す未来を達成するために、バレーボールクラブとしての勝敗のみならず活動を通して健康、環境へのアプローチや、クラブとしての価値、指針を“世界基準”と明確にし、現在から未来へ。アクションを恐れず行動する。そんなクラブの理念に基づき、V3から始まった挑戦はV2昇格、V2準優勝へとつながり、昨季はチャレンジマッチに挑むも大分三好ヴァイセアドラーにセット数で及ばずV1昇格を果たすことはできなかった。

 だが、まぎれもなくVリーグが目指し掲げる“地域密着”を体現するクラブでもある。地元北海道・旭川市の市役所には「がんばれヴォレアス北海道」と垂れ幕があり、駅前や中心部のみならず、飲食店やさまざまな店舗にポスターやのぼりが立ち、世間話の中で「ヴォレアス」がごく自然に出る光景。ただ派手な演出を見せるだけではなく、子供たちに夢を、そして健康や食に対する意識を高めるきっかけになれば、と確固たる理念のもと、次々策を打ち出すホームゲームにも、幅広い年齢層やファミリー層、多くの観客が足を運ぶ。その背景には、チケットや会場内でのグッズ、飲食品販売に独自の電子マネーを用いるなど、デジタルマーケティングによる分析結果が活かされており、試合の冠スポンサーはもちろん、クラブのスポンサーも会場で選手が積極的にPRするのも当たり前。

 何より、ヴォレアス北海道のホームゲームは圧倒的に楽しい。至ってシンプルな言葉だが、それに尽きる。また足を運びたい、また見たい。今度はどんな試合を見せるのか。どれだけ強くなるのか。そんなワクワク感を与えるクラブがV1に昇格したら、バレーボール界もバスケットボールやサッカーを見上げ、嘆くばかりでなくもっと楽しいスポーツエンターテイメントになるのではないか。

 クラブを率いる知将として、情報伝達や準備を語った前編に続き、後編ではVリーグ、バレーボール界の未来をクラインヘッドコーチが大いに語る。

ヴォレアス北海道が運営するダンスアカデミー、ヴォレアスドリームプロジェクトによるパフォーマンス。子供たちがどれだけ夢を持てるかもクラブが掲げる未来へつながる理念だ(写真/ヴォレアス北海道)
ヴォレアス北海道が運営するダンスアカデミー、ヴォレアスドリームプロジェクトによるパフォーマンス。子供たちがどれだけ夢を持てるかもクラブが掲げる未来へつながる理念だ(写真/ヴォレアス北海道)

「変化を恐れてはならない」

――変化や改革を唱えながらも、「Vリーグは変わったか」と言えば、ほぼ変化が見られないのが現状です。むしろ現状維持を望み、変わることを恐れているように見えることもあります

 変わることに慣れていないというのは、まさにアマチュアの発想です。なぜならプロであれば変わらなければならないから。クラブとしてもマーケティングの面でも、よりよくなることを求められるのがプロです。現在のように大企業がチームを有する場合、選手はプレーが良かろうが悪かろうが同じチームにい続けることができます。結果が出なければ契約が延長されないプロとは、その点でも異なりますし、結果を残すためにハードワークしなければなりません。長い目で見れば、日本のシステムは生活面でとても恵まれています。その形を望む人もいるでしょう。でも競技全体が高いレベルに到達するためには、変化を恐れてはならない。日本でも、他の競技ではプロスポーツとなり、どんどん向上しているのがその証明ではないでしょうか。

――自動昇格も降格もなく、移籍も活発ではありません。このシステム自体をどう捉えますか?

 トップリーグはよりハイレベルなチームの集合体で、有望な大学生も集まり、世界からも素晴らしい選手たちが来ています。しかし残念ながら(男子は)10クラブしかありません。そしてその10チームだけにハイレベルな選手が集中して、試合数もV2、V3と比べて圧倒的に多い。今季はV2もチーム数、試合数は増えましたが、正直なところ上位と下位チームのレベルの差もあり、より高いレベルを求めるならば、練習を通してチームを成長させていくしかありません。これは非常に難しいことです。私は現状のチャレンジマッチシステムにも賛同できないのですが、実際に過去をさかのぼってもV2からV1へ昇格したのは3回しかありません。かつて、クロアチアのサッカーリーグもトップが10クラブで、一部の最下位と二部の優勝チームは自動降格、昇格し、9位のクラブと二部2位のクラブがチャレンジマッチをしていましたが、二部で2位になったクラブが勝利したことはありません。7年間、そのシステムで行ってきましたが効率的ではないと廃止されたのですが、日本ではまだそのシステムを取り入れています。

 そもそもV1で下位になるチームは、レギュラーシーズンの多くを負けているため、自ずと敗者のメンタリティになってしまいます。ではそこで自動降格したらどうなるか。レベルで劣るリーグで戦う悔しさ、難しさを味わうだけでなく、敗者から勝者のメンタリティへ変えることができるはずです。実際に一部で戦う時はなかなか起用することのできない若手選手にも、二部では育成も視野に使おう、と出場機会が増えるかもしれません。トップカテゴリーのチームばかりにいい選手が集中すると、試合に出られないまま(チーム内で)16番、17番目の選手のままキャリアを終えてしまうかもしれない。これはとてももったいないことです。その選手たちが移籍を選択し、V2のクラブを選べばプレーする機会が増えるだけでなく、リーグ自体のレベルも上がるでしょう。選ばれたトップ選手ばかりでなく、より多くの選手にプレーの機会が上がれば、日本のバレーボールのレベル自体も向上するはずです。

具体的な指示で課題を明確にし、高い意識を植え付け未来を描かせる。エドヘッドコーチは「変化する」ことの大切さを説く(写真/ヴォレアス北海道)
具体的な指示で課題を明確にし、高い意識を植え付け未来を描かせる。エドヘッドコーチは「変化する」ことの大切さを説く(写真/ヴォレアス北海道)

「安定だけを求めても自分自身を押し上げてはくれない」

――機会を増やすという面で言えば、V1のパナソニックが大学生、高校生と契約を結んだように、新たな試みも為されています

 それもプロリーグ、プロチームになればごく当たり前のことです。ヨーロッパを見ればそうですよね。実際に日本でもハイレベルな場所でプレーする準備ができた18歳、19歳の選手も多くいるはずで、西田(有志)選手や石川(祐希)選手、髙橋(藍)選手は18歳の頃からナショナルチームでプレーして、今はイタリアにいます。4年間の大学生活ではなく、プロの世界に飛び込むことはチャレンジングなことではありますが、選手にとってはよりチャレンジングな環境も必要です。これは高校から大学、大学からVリーグに限らず、トップリーグでプレーする選手も海外で挑戦するのもいい選択だと思いますし、1つ1つ着実に上のレベルへ行ってほしい。クロアチアでサッカーをする子供も、最初は小さな村のサッカークラブから始め、レベルが上がれば街のクラブ、さらには国内一部リーグ、ヨーロッパへのトップクラブへつながり、イングランド、スペインという世界の強豪へつながっていくのも夢ではありません。よりよくなるためには、よりよくなることを強いられるような環境にいたほうがいいし、安定だけを求め、変化を恐れるままでは自分自身を押し上げてはくれません。

――日本のバレーボール界が発展するために、子供たちが将来に夢を描ける環境になるために、どんな変化が必要だと思いますか?

 まずはいろいろな競技、場所を見ることです。バレーボールばかりでなくバスケットボールの例を見たほうがいいですし、日本のリーグだけでなくもっといろいろな国のバレーボールリーグ、バレーボールだけでなく他のスポーツからも学ぶことも必要です。いろいろな国のモデルを見ることで、どうやって改善していくかを学ぶべきです。そうすれば我々が何をしたいか、何をすべきか学べるはずです。日本だけにいて、日本だけを見ていたら何をしたいか、明確さは出てこない。そうするとなかなか進むことができません。

 たとえばスロベニア、現在は世界ランキングでも上位につけるバレーボールの強豪国へと成長しましたが、国の人口は札幌とほぼ同じ。でも彼らは日本のナショナルチームを倒し、ヨーロッパ選手権でも2位になりました。若い選手たちは皆プロとし欧州各国でプレーし、大学の授業はオンラインで受講する。イタリア、ドイツ、クロアチアが近いのでいろいろなところで交流、試合をすることができます。個人競技ならばどこにいても自分の力を高めることができるかもしれませんが、チームスポーツはそうではありません。いろいろな対戦相手にさらされることで、多くの経験を積むことができます。島国である日本は、欧州と比べてこの点は非常に不利ですから、近隣の国や諸外国と定期的に試合をするなどビジョンを持つべきですし、やはり国内リーグもプロであったほうがレベルは向上します。多くの選手、指導者が海外へ行くことも私は推進しますし、そこで得た知識や経験を再び日本に戻って生かせばいい。日本だけでなくたくさんの例を知り、勉強することは不可欠です。

プロクラブとして戦うヴォレアス北海道。選手たちにももっと高みを目指すべき、とエドヘッドコーチは提言する(写真/ヴォレアス北海道)
プロクラブとして戦うヴォレアス北海道。選手たちにももっと高みを目指すべき、とエドヘッドコーチは提言する(写真/ヴォレアス北海道)

多くの人を巻き込んで「ムーブメントを起こしたい」

――ヴォレアス北海道の理念も“世界基準”。さまざまな経験を重ね、V1で戦える力はついた、と胸を張って言えるところまで到達していますか?

 選手はV1で戦えるレベルになれるように日々準備をし、フィジカル面に関しては十分V1で渡り合えるレベルに来ています。ボールをしっかりハードヒットできること、サーブのスピード、これはV1でも引けを取らない。戦術の準備に関しても、V2で戦う今も、V1のどのチームよりもよりよいものをすることが目標で、まだ追いつかないチームもありますが、現状でもかなりいいレベルまで来ていると思います。あとはより強い相手と常に試合を経験できれば、もっと伸びていく。そのためにもV1でプレーすることが必要です。

――最終節、チャレンジマッチとこれまで以上に注目が集まる中、ヴォレアス北海道というクラブのどんなところを見て、注目してほしいですか?

 我々のチームは伝統を追いすぎるのではなく、可能な限り現代的な方法でチームをよりよくしようとチャレンジしています。チームの勝敗だけでなく、ホームゲームも同じ。毎回どうすればよくなるかを考え、多くのテクノロジー、トレンドを用いてトライしています。バレーボールのスキルや必要なフィジカルはもちろんですが、メンタル、リカバリー、食、すべてのエリアに注意を払い、スポーツにとって重要なことをすべて行い、より素晴らしいアスリートになるための準備をしています。ただ勝利だけを求めて、目的がなければ空っぽな状態です。勝った、負けただけでなく、見てくださるファンの方々により楽しんでもらえるようなエンターテイメントのクオリティを高める。日々、学び、成長して、町全体、多くの方を巻き込んで盛り上がるムーブメントを起こせるように。V2に長くいすぎていますから(笑)、チャンスをつかめるように。私たちは成長を続けるチームでありたいと願い、進み続けていきます。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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