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原点回帰の新シーズン。男子バレー深津旭弘が堺へ移籍。「新鮮な気持ちで挑戦したい」

田中夕子スポーツライター、フリーライター
JT広島から堺ブレイザーズへ移籍した深津旭弘(写真提供/堺ブレイザーズ)

「安定」を脱却して「挑戦」へ

 6月17日、堺ブレイザーズは深津旭弘の新加入を発表した。緑から黄色へ、ユニフォームの色は変わっても背番号は原点回帰の「17」。クラブを通し、深津はコメントを発表。難しい決断であったものの今季就任した千葉進也・堺ブレイザーズ監督の熱意や家族の後押しがあったことを明かすと共に「堺ブレイザーズの勝利の為に全ての力を出します。そして自分自身もまだまだ成長し続けます!応援をよろしくお願いします」と短い言葉に決意をこめた。

 プロスポーツであれば、出場機会を求め、さらにそれぞれが抱くビジョンによって違いがあれば移籍も当たり前。だがバレーボールの場合、特に堺や前所属のJT広島が戦うV1は大企業母体が主であり、多くの選手が母体企業の社員でもある。

 そのため、選手という目線だけならば出場や起用される機会が減れば「もっとチャンスが欲しい」と新たな場所を求めるのはごく自然だが、引退後のセカンドキャリアを考えれば、そのまま在籍すれば大手企業で働くこともできる。

 あくまで選手として挑戦し続けるか、それとも安定を求めるか。

 バレーボール選手としてのキャリアや、家族。さまざまな要素も相まって、簡単には決断できない「移籍」を、長年JTサンダーズ広島の司令塔として活躍。昨季は230試合を達成するなど、チームの中心選手でありながらなぜ深津は新たな挑戦という決断に至ったのか。昨シーズン後半から若手選手を主軸に据え、これからを見据えた構成を組んだチーム事情もあるが、それでもなお深津が「挑戦」を求めた理由は、いたってシンプルなものだった。

2020/21シーズンには通算230試合出場も達成した深津。長年JT広島の司令塔として活躍した(写真提供/JTサンダーズ広島)
2020/21シーズンには通算230試合出場も達成した深津。長年JT広島の司令塔として活躍した(写真提供/JTサンダーズ広島)

「知らず知らずのうちに守りに入っていた」

 昨シーズンも開幕からレギュラーセッターとして出場を重ねたが、何かが違う。違和感は常に抱いていた。序盤から事あるごとに深津は口にしてきた。

「土曜は勝っても日曜は負ける。その落差というか。自分のパフォーマンスの問題でもあると思うし、チームとしても戦術の立て方や1人1人の技術、見直さなければならないことも多いし、根本的な課題を解決しないと、中盤から終盤にかけてはかなり苦しい戦いになると思います」

 ケガ人が続いたことも重なり、予感は的中。前半こそ連勝を重ねたが、中盤以後は連敗も続き成績も沈んだ。さらに中盤からは変化を求め、深津に代えて5年目のセッター金子聖輝をレギュラーセッターに起用。深津も途中交代で投入されることもあったが、終盤に差し掛かるにつれその機会も減り、安定と信頼、さらに実績を擁する深津ではなく、来季以降も見据え金子を軸としメンバーも若手主体へ。シーズン終了と共に来季の戦力を描く中、深津は構想から外れ、バレーボールを辞めて社業に専念するか、現役を続けるために移籍するか。深津が選択したのは後者だった。

「知らず知らずのうちに守りに入っていたな、って。人生もそうだし、選手としてもそう。トスも面白味のないトスになっていたと気づいたんです。だから今、むしろこうしてチャンスを与えていただいたと思うので、バレーボールを始めた頃や、星城高校へ行くと決めた時、東海大でチャレンジする時のような新鮮な感覚、感情を持って抱えていたもやもやとか葛藤も見つめて、また新たにチャレンジする。ここまで猫田(勝敏)さんという偉大なセッターがいたJTというチームでセッターとしてプレーさせていただいたことには感謝しかありません。だからこそもっといいバレーボール選手になるべく、成長曲線も上向きにできるように、もう一度頑張ろう、と自然に思えましたね」

攻撃を展開するセッターとしてプレー面だけでなく、コート内外の精神的支柱でもあった(写真提供/JTサンダーズ広島)
攻撃を展開するセッターとしてプレー面だけでなく、コート内外の精神的支柱でもあった(写真提供/JTサンダーズ広島)

原点回帰の背番号17。「できる限りはやり抜きたい」

 経験を武器とするセッターとはいえ、年齢を考えればチャンスはそう何度もあるわけではない。自身はこれからを見据え前を向くが、昨季までプレーしたチームメイトのことが気にかからないと言えばそれは違う。

「(昨シーズンの)後半に金子が出るのを見ていたら、むしろ俺がいることで若い子の成長の妨げになっているのかな、と感じることもありました。だから血の入れ替えじゃないけど、変化は必要だと思うし、自分が核になれていたわけじゃないけど、それなりに長くやってきた人間を頼っていたところはあるだろうし、いなくなって必然的に考える機会が増える。金子も合田(心平)もこれまでとはプレッシャーも違ってくるだろうし、いい意味での相乗効果が絶対に出てくるはずです」

 思い返せば、Vリーグで初優勝した直後の15年、チームにとって欠かせぬリベロで深津にとっては東海大の先輩でもある酒井大祐が退団した。当時もチームの戦力構造を考えた末の決定ではあったが、プレー面のみならず精神的にも支柱と呼ぶべき酒井がチームを去ることは大きな痛手であると同時に、深津にとっては新たな転機でもあったと言う。

「苦しかったけれど、酒井さんがいなくなって、ここからどうにかしなきゃいけない、と必死だったから、そのおかげで成長できたと思うんです。もちろん酒井さんと比べて俺が同じようにできたなんて1ミリも思わないけれど、あの時の酒井さんと今の自分がちょうど同じ歳なんですよ。だから、これからのJTも苦しい思いをしながらもチームを新たに背負う人間が生まれてくると思う。帰路に立つ時は絶対に来る。それは自分にとっても同じことなので、ここ最近、ちょっとぬるま湯に浸かっていたかもしれないな、と思うので、人生を見つめ直して、また新しい気持ちで。まだもう少し、できる限りはやり抜きたいですね」

 現役選手としてだけでなく指導者も含めた複数の選択肢から、深津が選んだのは堺ブレイザーズ。長い間馴染んだ緑から、今はまだ見慣れぬ黄色をまとい、どんな姿を見せるのか。

 JT広島でのルーキー時代に背負った「17」をつけ、新たな心持ちで迎える新シーズン、「安定」よりも「挑戦」を選んだ心意気を見られる機会が今から待ち遠しい。

JT広島の緑から堺ブレイザーズの黄色へ。新天地で新たな活躍を誓う(写真提供/堺ブレイザーズ)
JT広島の緑から堺ブレイザーズの黄色へ。新天地で新たな活躍を誓う(写真提供/堺ブレイザーズ)

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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