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フェンシング協会新会長に武井壮氏が就任。「人生を変える道筋を一歩、二歩、前に進めることは可能」

田中夕子スポーツライター、フリーライター
新会長に就任した武井氏(左)と現会長の太田氏(右)(写真/竹見脩吾)

「ビジョンを掲げ、選手に向けた言葉を持つ唯一無二の存在」

 まさにビッグサプライズだ。

 19日、日本フェンシング協会は理事会後に記者会見を開き、20名の新理事発表に続いて、4年の任期を終える太田雄貴会長に変わる新会長として武井壮氏の就任を発表した。

 元陸上競技十種競技の日本チャンピオンで、陸上競技のみならずスポーツに対する見識も広く、東京オリンピック・パラリンピックに向けたさまざまなイベントにも登壇するなど、スポーツの世界では確かに馴染みは深い。

 とはいえフェンシング。しかも会長。それも最初の大舞台、初仕事とも言えるのが間もなく開幕する東京五輪だ。いくつもの「なぜ?」が飛び交う中、太田会長は武井新会長に託した経緯をこう述べた。

「僕は会長にとって一番必要な能力はビジョンを掲げることだと思っています。その観点でこの半年、1年と(自分の)後任を考えた時に“この人なら”と考えたのが武井さんでした。会えば会うほど好きになる人であること、知識もそうですし、スポーツに対する考え方、何より選手をリスペクトする気持ちが本当に強い方。これからに向けた課題を理解していて、解決への道筋がある。なおかつ選手に向けた言葉を持っている存在として唯一無二ではないかと思い、何度も何度もオファーさせていただきました」

 まさに青天の霹靂とはこのこと、と言うように、これまでもスポーツ番組の収録などで顔を合わせる機会はあれど、スポーツと縁の深い武井新会長にとってもフェンシング協会会長就任の打診は想定外。太田会長が「なかなか首を縦に振っていただけなかった」と言うように、当初は幾度となく固辞したが、太田会長の熱意に加え、自らの現役時代に重ねた経験や後悔が新たな挑戦を決意させる原動力になったことを明かした。

「私自身もマイナースポーツの選手として活動し、若い頃に愛した競技では自分の人生を思った場所まで導くことができなかった。今、道を変えてさまざまな手段で人生を豊かに感じられるようになろうと努力して、登り坂の途中にいますが太田会長からの熱いオファーに対しても、まだ早いんじゃないか、選手の皆さんの人生を多少なりとも変えてしまう可能性のある役職を、簡単に受けることはできないとお断りさせていただきました。でも何度もお話をうかがい、フェンサーとしてのメダリスト太田雄貴では足りない、武井さんしかいない、と言われ、何度も考えさせていただいた結果、太田会長が共にその歩を進めてくれるならお受けしたい、と決断しました」

全日本選手権のエンターテイメント化など進化が進むフェンシング
全日本選手権のエンターテイメント化など進化が進むフェンシング写真:YUTAKA/アフロスポーツ

フェンシングで豊かな人生を

 太田会長が就任した2017年以後、全日本選手権を国内最大の競技大会として広く知らしめるべく、エンターテイメント化やフェンシングビジュアライズドによる競技の可視化。広い対象を集客するための仕組みをつくると同時に、東京オリンピック・パラリンピックの競技会場となる千葉県内の小学校を回り、実際に生のフェンシングを見る迫力、応援する喜びを伝える機会を設けるなど、さまざまな変化と挑戦に着手してきた。

 多くの注目を集め、達成できた喜びもある一方で「競技人口に関しては道半ばの数字」と言うように、成し遂げられなかった課題もある。選手に向けての発信も「選手の強化よりも(会長の自分が)お客さんを集める、スポンサーを集めることで協会の体制がよくなるために取り組んでいることを、選手たちに対して『言わなくてもわかってくれるだろう』と思う甘えもあったが、実際は半々。言わないと伝わらないことが多くあると学んだ」と述べたように、「伝える」力、発信力に関しても武井新会長に寄せる期待は大きい。

「(発表前に)選手たちと武井さんも交えオンラインミーティングをしたのですが、その時の語り掛け、言葉の重み、優しさが圧倒的だった。会長候補を考える中、発信力がある方や経営者、さまざまな選択肢がありましたが、この人しかいない、と思いました」

 抜群の知名度と発信力は周知の通りだが、協会会長として何から着手していくか。現在のスポーツ界に対する風当たりも決して弱くはない状況で、これからに向けた取り組みは前途多難でもあるが、誰しも最初は初心者で踏み出さなければ何も始まらない。

 未来に向けたビジョンを問われ、武井新会長が言った。

「フェンシング自体はご存知でも、そこに人生をかけ、そこに自分の道を見出して全力で進み、今戦っている人たちのことをほとんどの人が知らない。これは大きなやり残しであり、課題だと思います。僕自身もそういう経験を自分の中で抱えてやってきたし、フェンサーとしての人生を明らかに変えられる道筋を、今よりも一歩、二歩前に進めることは可能だと思っているので、すべてのコネクション、知識、機会を持って尽力したい。これから日本でフェンシングに関わり、フェンシングの選手になれば自分の人生が豊かで幸せなものになると希望を持って入っていくことができるような未来になるような一歩を踏み出せるように。努力していきたいと思っています」

 太田会長の熱意と、武井新会長の熱意。歩みを止めず新たに踏み出せる一歩はどんな未来へ続くのか。期待と共に見続けたい。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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