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東京五輪が延期。出場国が出揃ったバレーボールに生じる「1年」の重み

田中夕子スポーツライター、フリーライター
東京五輪でバレーボール競技会場となる有明アリーナ。4月のこけら落としも延期された(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

 3月24日。東京五輪の延期が決定、と一斉に報じられた。

 新型コロナウイルスの感染拡大が世界中で広がり続ける中、2013年の招致決定から7年をかけて準備を重ねて来た、とはいえ、人命第一。延期の決定も、やむなし。そう受け取る声が多く見られた。

 実際にランキングによるポイント制で出場者が決定する競技は、出場者が確定せず、1枠、2枠という少ないポジションを巡り、代表争いも佳境を迎えた中でもある。しかも、その争いの最中に、大会の中止を余儀なくされ、不安を抱えながら帰国の途についた選手も多くいる。致し方ない決定であったことは、誰もが認めざるを得ない。

出場国、試合順はすべて決定済

 大半が未だ出場選手や出場国が決まらぬ中、すでに男女バレーボールは開催国の日本を含めたそれぞれ12か国が出場を決めていた。

 昨年のワールドカップ前に行われた世界最終予選、さらには年明け間もない今年1月に行われた各大陸予選の末に出場国が決まり、2月13日には予選グループリーグの組み分けと試合順も発表されていた。

 大会出場の12名を決定するまでは至っていないが、大会本番に向け男女日本代表はすでに合宿を開始。当初、3月に予定されていた男子の欧州遠征や女子のアメリカ遠征はコロナウイルスの感染拡大に伴い中止が決定したが、練習拠点を失ったわけではない。

 だが、刻一刻と事態は変化し、3月中旬には4月開催の有明アリーナのこけら落としになるはずだった有明アリーナテストマッチも中止、さらに5月末から世界を転戦するネーションズリーグはオリンピック後に延期。

 加えて、日本のみならず世界へと視野を広げれば満足行く練習はおろか、外出すらできない状況なのだから、それを同じ準備期間とし、予定通り大会を開催すると言っても、果たしてそれがフェアなのか。おそらくそんな声も挙がったはずだ。ましてやコロナウイルスに対する有効な治療法やワクチンを医療従事者や研究者が身を削って生み出そうとする今、スポーツ平和の祭典、とうたっても、誰もが心から賛同するかと言えば、いささか厳しい状況であったのも否めない。

バレーボール選手にのしかかる1年の重み

 1年の延期もやむなし。

 そう思う一方で、どうしても頭をよぎるのは「1年」という時間の長さ。

 アスリートにとっての1日は、毎日同じように練習を繰り返しているように見えるが、体力も筋力も精神力も消耗し、その回復と強化に努め、また翌日にベストの状態で臨めるよう、食事や休養、決して派手ではない積み重ねをコツコツと積み重ねる日々が続く。

 しかもそれは長期間に及ぶ合宿や、海外リーグに参戦することで家族とも離れ離れにならなければならない。

 大きな目的を達成するためには、得るものばかりではなく犠牲も必要。そう自らを納得させながらも、別れを泣きじゃくる子供の姿を見ながら、涙をこらえる。あと1年、あと半年、あと4か月、と。

 その日々に、また1年が加わる。

 試合がなくとも練習で跳び続け、打ち続ければ肩や腰、膝にかかる負担は増え、ケガのリスクも生まれる。それが一定の年齢を過ぎた選手や、大きなケガをした選手であればパフォーマンスアップよりもリカバリーに割く時間も必然的に増える。

 すでに引退した選手が、こんなことを言っていた。

「明日から、起きた時にここが痛いとか、あっちが痛いとか、そういうことを気にしなくていいんだ、と思った時、あ、引退したんだ、と改めて感じました」

 どれだけ苦しい日々も、ここまで、とゴールがあるからこそ奮い立ち、またチャレンジできることもある。

 全力で100mを走ってゴールを目指していたら、その終盤にいきなり「あと10m追加」と言われるようなものだ。東京五輪をゴールとしていた選手だけでなく、東京五輪にピークを合わせようと4年間を費やしてきた選手に加わる一年の重みは、計り知れないほど重い。

「まだやれると信じて もう一度本気で」

 だが、それでも進む。

 日本以上に深刻な被害が報じられているイタリア、セリエAでプレーする石川祐希は25日、所属事務所を通してコメントを寄せ、「大変なのは僕たちアスリートだけでなく、携わるすべての方にとって延期の影響や代償は計り知れない」と言及。そのうえで「延期になったオリンピックをより良いものにすること、より高いパフォーマンスでプレーをし、たくさんの方にスポーツの力を感じていただけるように、日本代表としてオリンピックの舞台に立つためのやるべき準備を続けていきます」と記した。

 さらに18年2月に選手生命をも脅かす大けがから復帰を果たし、33歳になる今年、迎えるはずだった東京五輪を「集大成」と位置付け臨んでいた清水邦広は、五輪延期の発表を受けた24日、自身のツイッターでこう述べた。

「1年、どれだけやれるかわかりませんが まだやれると信じて もう一度本気で頑張る事!」

 代表のみならず、国内でのVリーグや天皇杯も中止が相次ぐ中、国際大会がいつから開催できるのか。先行きは見えない。練習を重ねてコンビネーションの精度などを高めるためには有用な時間であることは確かだが、試合ができなければその実践の機会はなく、海外勢との対戦機会がないのは大きな痛手であるのも間違いない。

 東京五輪を見据えた今年度の代表選手が、来年度もそのまま継続するのか。五輪の出場国や試合順、予選のグループ分けに変更が生じるのか。懸念すべき問題は山積みだが、それを1つ1つ挙げるのは、今は賢明ではない。

 リセットなのか、このまま走り続けるのか。選手それぞれ、1年に対する捉え方も臨み方も違う。だが、いかなる選択も「これでよかった」と思えるように。たとえ迷い、悩みながらでも。悔いのない日々を過ごしてほしいと願うばかりだ。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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