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「育成のプロ」が見る日本バレー。「自信を取り戻すためには『満足しないこと』」

田中夕子スポーツライター、フリーライター
堺ブレイザーズの体育館で笑顔を見せるマルキーニョス氏

 何気なく目にしたNHK Eテレで放送された「奇跡のレッスン」。番組HPにも記されている通り、世界の一流指導者が子供たちに1週間のレッスンを行い、技術のみならず心の面も含め、その変化の過程を伝えるドキュメンタリー番組の中で、7月28日、バレーボールが取り上げられた。

 指導を担当したのは、1982年からブラジルで各年代の指導を行ってきたアントニオ・マルコス・レルバッキ氏、59歳。

 決して強豪ではない中学生たちを対象に、基本的なプレーや考え方を細かく説き、変化が感じられるまで何度も何度も繰り返し指導する姿は、指導者として当たり前の姿ではあるのだが、テレビ番組とはいえ、短期間で見せた驚くほどの変化、そして何より、その変化につながるきっかけを与えたレルバッキ氏、通称マルキーニョス氏がまだまだ未熟な選手たちに向けてかける言葉の1つ1つが強く印象に残った。

 そして、番組放送から間もない8月18日、Vプレミアリーグ男子、堺ブレイザーズが公式HPでマルキーニョス氏のアドバイザーコーチへの就任を発表した。

 中学生ではなく、国内最高峰のトップ選手たちにどんな指導を行うのか。長きに渡りブラジルでユース年代やジュニア年代の指導を行ってきた「育成のプロ」が見る日本のバレーボールが抱える課題は何か。

 10月21日のVプレミアリーグ開幕を前に、マルキーニョス氏に話を聞いた。

「日本は70年代から変わらなかった」

 日本という国、そして日本のバレーボールにはずっと興味を持っていました。34年間ブラジルバレーボール協会で仕事をしてきましたが、私が体育大学へ入学した70年代後半は日本が世界一に立っていた時代です。私が指導者を志したその頃から、「いつか日本人選手を教えてみたい」という希望を持っていました。

 ミュンヘン五輪でも金メダルを獲った70年代、日本のバレーは本当に素晴らしい技術を持っていました。ヨーロッパの身長が高いチームに対して、高さがない日本は速いバレーを展開しバレーボールを変えました。どの国も「強くなること」を願っていた時代ですから、いいものがつくられれば、そのチームを見習ってコピーしようとし、なおかつ自分たちの武器をプラスアルファに加えようとする。ブラジルもそうです。フィジカル面を鍛え、戦術面も切り替え、いろいろな戦術、攻撃、ブロックパターンなど新しいことに取り組みました。ヨーロッパの国々と比べれば背が高いほうではないブラジルにとって、日本の速いバレーはお手本であり、もっと技術を磨かなければならない、と考え技術を磨き、そのために必要な体をつくるために若い世代からフィジカルトレーニングをハードに行いました。その結果、世界の強豪と言われるチームへと変化を遂げ、今があります。

 日本のバレーは今でも素晴らしいですよ。ただ、世界は変化を取り入れ、パワーや力がどんどん重視されていく中、日本は70年代からなかなか変わらずにいた。もしも世界と日本の差が広がったのだとしたら、その取り組む姿勢が違いとなって、大きく表れたのではないでしょうか。

すべてのポジションを経験させて個性を磨く

 日本にとって最も大きな課題は15歳から20歳ぐらいまで、最も伸びる可能性を持った年代の選手たちをどう育てるか、ということではないでしょうか。

 フィジカルトレーニング、技術面、戦術、すべてにおいて飛躍的に成長を遂げる最も重要な時期ですが、特に日本が足りていないのはウェイトトレーニングを含めたフィジカルトレーニングではないでしょうか。ブラジルでは15歳から20歳までの選手に対してもしっかりフィジカルトレーニングを行うのに対し、日本では学生時代にはあまりウェイトトレーニングは行わず、社会人になってからウェイトトレーニングを本格的にスタートする、というイメージがあります。

 そして、チームに背が高い選手がいれば「彼は打てばいい」という発想にとらわれてしまう。もちろん高さは武器ではありますが、本当に彼がそのポジションで適しているのか。なぜわかるのでしょう。ブラジルでは15歳になるまでの間に、すべてのポジションを経験させる。身長が高い選手も低い選手も、同じようにサーブレシーブをして、トスを上げ、スパイクを打ち、ブロックをする。すべてのポジションを経験する中で、最も適したポジションを探し、すべてを学んでほしい、というシステムが築かれています。それぞれの個性を生かすために適したポジションを決め、ポジションごとに必要なメニューを強化するウェイトトレーニングに取り組むため、19歳になる頃にはフィジカルもバレーボールの基本技術もほぼできあがっている状態になります。ですから、バレーボールの戦術やブロックとレシーブのシステムなど次の段階へ進むこともスムーズにできるのです。

 日本のレシーブ力は本当に素晴らしい。対戦相手として、何度も驚きました。世界を見渡しても、日本ほど、レシーブに関して力のあるところはないでしょう。もしもブラジルの選手にもあれだけのレシーブ力があれば、おそらく「この国には絶対に勝てない」と相手に思わせる強さを見せるはず(笑)。それぐらい、日本のレシーブ力は素晴らしい。

 ただ、今のバレーはパワーが重視されるので、レシーブだけで対抗するのは非常に難しい。ブロックがなければ相手のスパイクをレシーブだけでつなぐことはできません。

 ブレイクポイントを得るためにはブロックとディフェンスが噛み合って、プラスにするために両方をつなげて練習しないとダメ。レシーブだけ、ブロックだけ、ではなく2つを合わせて初めてディフェンスのシステムができます。それは決して、背の高さだけが問題ではないはずです。

 正直に言いますが、日本へ来る前、「日本ではサーブレシーブ(の指導)は困らないだろう」というイメージを持っていました。しかし実際は我々のチームだけでなく、他のチームもレセプションに関して非常に大きな課題が見えてきました。今、世界で戦うレベルで考えるとサーブは非常にパワーがあるものばかりですので、レセプションが準備できていなければ試合は始まりませんし、オフェンスもできません。ブロックとレシーブの関係性だけでなく、基本的な技術においてもまだまだ改善しなければならないことがあります。

 しかし今は戦術、特にブロック戦術に関して、海外から多くの指導者を監督やコーチとして招き、彼らの知識を学ぶだけでなく、日本人の指導者も海外へ行って学び、知識のレベルは徐々に上がってきているのは間違いない。これからは、日本のバレーボールももっと速い段階で上がって行くことができるのではないでしょうか。

選手たちが感じる変化

 来日から2か月が経ち、マルキーニョス氏は「日々、選手もチームも進化している」と笑顔で言い、選手たちも新たな変化を感じている、と口を揃える。

 サーブの打点やセットアップの位置、レセプション時のポジショニングなど基本的なことを細かく、繰り返し説かれるうち、リーグ最年長の37歳、ミドルブロッカーの松本慶彦は「基本はできていると思っていたけれど、気づかぬうちに自分のやりやすい場所で打っていたことに改めて気づかされた」と言い、セッターの佐川翔も「『同じフォームで上げろ』とか、わかっているけれどやってしまいがちなことを改めて指摘される」と言う。

 目新しい戦術ではなく、まず基本。それは技術の面だけではなく、精神面でも大きな影響を感じる、と松本は言う。

「ミスに対して、すごく明確になりました。ただ『ミスはダメだ』じゃなくて、それが技術的なミスか、メンタル面で生じたミスなのか。たとえばゲスブロックをした選手も技術が足りなくてそうなったのか、精神的に焦ってそうなったのか。今まではただミスはミス、というだけで終わっていました。でもマルキーニョスさんはそこがものすごくハッキリしているので、たとえミスでも今のはいい、悪い、がハッキリしていて理由も明確。試合の中でも修正できる、という面では、僕はすごく大きな変化を感じています」

勝つチームは常に満足しない

 試合でミスが出るのは当然です。そして、ミスを怖がればもっとミスが出る。ミスをしてもいいんだ、と自分のベストを尽くすことのほうがずっと重要です。

 バレーだけでなく人生もそう。ミスは必ず起こるものです。ベストを尽くしていい結果になることもあれば、ベストを尽くせなかったけれど結果が出ることもあり、ベストを尽くしても結果につながらないこともある。いい時もあれば悪い時もあって当然であり、ミスが出ても、そこで自分が悪い選手だと思ってはいけません。

 バレーボールという競技において、必ずこれが正解で、これは間違い、というものはありません。ならばコーチは正確な道をつくってあげるのが一番大事なこと。この状況ならこういうパターンがある、こういう発想もある、といくつかの選択肢を示し、その中から「これが一番簡単だよ」ということを伝えはしますが、最後には決めるのは彼ら、選手です。ただし、彼らだけに委ね、責任を与えるのでは、さまざまなパターンの中から最も難しい方法を選択してしまうこともあるので、一番楽な方法を教えてあげたほうがいい。

 勝つチーム、勝てるチームと負けるチームの違いはどこなのでしょう。私が思うに、負けるチームは勝っても負けても同じ。いつまでも変わりません。対して、勝つチームはどんな時でも満足がない。勝利しても、まだまだやりたい、と先を見ているので満足がありません。

 堺ブレイザーズは長年優勝から遠ざかり、選手もチームも自信を失っているのかもしれません。ならば私にできることは何か。選手たちに「満足したらいけない」ということを毎日毎日、少しずつ彼らに意識させることであり、それがいつもベストではない。もっともっとやれるんだ、ということを彼らに伝えること、それが私の役目かな、と。

 いい方向に行くことも、悪い方向に行くこともあるでしょう。それでもいかなる時でも満足してはいけない。それこそが、きっと自信を取り戻すことにつながるのではないでしょうか。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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