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女子バレー五輪予選 最後まで全力で戦ったタイチームの涙

田中夕子スポーツライター、フリーライター
女子バレー五輪予選、長い年月をかけて築き上げたチーム力で戦ったタイチーム(写真:伊藤真吾/アフロスポーツ)

「悲しみの中で臨んだ試合」

リオデジャネイロ五輪出場をかけた、女子バレーの世界最終予選兼アジア予選が22日に閉幕した。

参加8か国の中から、アジア1位とそれを除く上位3チーム、計4チームに与えられる出場権は、日本、イタリア、オランダ、韓国が手にした。

最終日を前に、21日の日本×イタリア戦の結果が出た時点で、すでに出場国は確定。

たとえ最終戦で勝利しても、もう五輪に届かない。その状況で最終日のペルー戦を迎え、ストレートで勝利したタイ代表チームの選手たちは、泣いていた。

かつてはチームキャプテンも務めたウィングスパイカーのウィラワン・アピヤポンは、試合後の記者会見で声を詰まらせながら言った。

「勝っても私たちはオリンピックに出場できない。そんな悲しみの中で臨まなければならない試合は、本当に難しく、本当に悲しかった」

4年前の最終予選でも、タイは日本と同勝敗に並びながら、最終戦の日本×セルビア戦で日本が1ポイントを獲得したため、五輪の出場権を手に入れることができなかった。それから4年の月日をかけて、五輪出場のためにチーム力を磨き上げ、チームにとって最大の武器である多彩なコンビバレーの精度を上げ、万全の準備をして臨んだ。それが、今回の最終予選だった。

日本×タイ戦、レッドカードはなぜ出されたか

だが、思わぬ形で結末は訪れた。

18日の日本×タイ戦。どちらにとっても絶対に負けられない試合は日本が制した。フルセットまでもつれ、しかも最終セットは6-12とタイが6点をリード。15点先取の第5セットで、6点を追う日本の勝利は絶望的かと思われた。

状況が変わったのは、8-12の場面。点差を詰められたタイがタイムアウトを要求したが、今大会から用いられた、選手交代の要求時や、タイムアウトの要求時に使用されるタブレットがうまく機能せず、ホストコンピューターにタイムアウトの要求が通らなかった、とタイ側は訴えた。

両者にとってはこの1試合がオリンピックにつながる大一番で、ましてや最終セットの終盤という大事な局面。要求したはずのタイムアウトが通らないことに対し、キャテポン・ラッチャタギャングライ監督はやや興奮気味に要求を続ける。だが、原則的にリクエストはタブレットで作業して行うことが今大会から定められたため、「誤作動だ」と訴え、タイムアウトを要求する行為自体が遅延行為と判断された。

4セット目にタイのアシスタントコーチの抗議に対し、タイチームにはイエローカードが出されていた。その1枚目と、最終セットでの遅延行為に対して2枚目の警告を示す、レッドカードが出され、日本に1点が加わった。

タブレットを使用して要求したリクエストが通らず、それに対して「なぜだ」と聞いているだけなのに、なぜレッドカードが出されるのか。監督の怒りと動揺は収まらず、コ、ートの選手たちにも動揺が走る。

流れは、レッドカードの直後に宮下遥のサービスエースで10-12とまた点差を縮めた日本へと一気に傾いた。

6点あったリードを失い、監督は交代させたセッターを再びコートへ戻そうと、選手交代を要求したが、またもタブレットによるリクエストは通らず、交代は認められず。加えて、日本選手がセンターラインを踏み越した、と意義を唱えたが、審判は「踏み越したのは足ではなく手なのでルール上はOK」と却下。さらに抗議を続けた監督に2枚目のレッドカードが提示され、14-12、マッチポイントとなった日本が奇跡の大逆転勝利を収めた。

試合後、キャプテンのプルームジット・ティンカオは「きっと一生忘れることはない」と涙で言葉を詰まらせた。そしてキャテポン監督は選手たちを「とてもいいプレーをしてくれた。みな、私にとってヒーローです」と称えた後、レッドカードについて問われ、こう言った。

「このようなことは、私の人生で初めて。メンバーチェンジをしようと思って2回押してもタッチパネルに出てこなかったので、理由を聞いただけでイエローカードが出された。タッチパネルをタッチしたら審判のデスクに表示され、それを『受諾した』と審判が押せば、審判、副審が見ることができるはずなのに、チェンジできなかった。これはタイチームにとって、とてもアンフェアです」

しかし、終わった試合の勝敗が覆ることはない。

「この試合はもう終わってしまったので、私たちにはそれを認めることしかできない」

休息日を挟んで試合が再開。キャテポン監督は何度も今回導入されたタブレットを使用してのチャレンジシステムの要求や、選手交代、タイムアウトを要求する新システムについて、意見を求められるたびに「タイチームに限らず、問題は起こる。新しいシステムを取り入れることは素晴らしいことだが、バレーボールの魅力を失うものでは意味がない。このシステム、タブレットを導入することについてFIVB(国際バレーボール連盟)にはぜひもう一度、検討してほしい」と真摯に答え続けた。

それは、心からの言葉だった。

説明が不十分だった新システム

問題となった場面を振り返ると、会場で試合を見ていた取材陣も、観客も、何が起きたのかわからぬまま、タイにレッドカードが出され、日本が逆転勝利した。それだけが事実だった。

細かな経緯の説明はその時にはなく、そもそもタブレットで何が要求できて、どんなふうに動かし、どんな仕組みが為されているのかもわからない。日本×タイ戦で物議をかもすこととなり、取材陣に対してFIVBの事務局長からタブレットを取り入れた経緯や、なぜタイチームに対して警告が出されたのか。説明の機会は設けられたが、「試合の短縮化」を訴える割には、チャレンジシステムが導入されてから試合時間は確実に長くなっていることも含め、なぜこの新たなシステムが五輪最終予選という各チームにとって最も大切な大会で導入されたのか、その意図は伝わらない。

事前に今大会ではこのようなシステムを導入すること、システムについての説明や、タブレット操作のトレーニングが必要であるならば名乗り出るように、と事前に配布した資料には記載したが、大会前に手を挙げたチームはなかったことから「できる、と判断したのだと思った」と言う。五輪出場というミッションを達成するために、たとえ不得手や不慣れであってもこのシステムを導入する以上、問題がないように取り扱うべきだ、という言い分は確かにわかる。おかしい、と感じながらも新たなシステムが勝敗に左右する要素も持つなら、大事な場面でタブレットをうまく扱うことができなかったタイチームが「勝つために準備不足だった」と言われてしまえば、それも間違いではない。

だが、チーム側が、試合で起こり得るすべての要素に対して様々な方法で対策する、そのための準備をして臨むのと同じように、新たなシステムを導入する際に起こり得るすべての問題に加え、予想外の事態が生じた際の対処方法も含め、FIVBも準備をして臨むべきではなかったのか。

1点で泣き、五輪出場を失うこともある大会なのだから、もっと十分な配慮があってもよかったのではないだろうか。

愛すべきチームの涙を無駄にしないために

ロンドンからリオまでの4年のみならず、タイはキャテポン監督のもと、プルームジットやセッターのヌットサラ・トムコム、日本のJTマーヴェラスでもプレーしたオヌマー・シッティラックなど、ユース、ジュニア年代から共にプレーしてきた選手たちが、長い時間をかけてつくりあげてきたチームだ。

セッターとスパイカーの信頼関係から為される、それぞれの持ち味を生かしたバレースタイルは、見る者を魅了した。

そして、同じアジアで対戦機会の多い日本に対しても、常に尊敬の念を持ち、悔しい敗戦の後でも「日本は素晴らしかった」といつも称えてくれた。

日本の選手やスタッフのみならず、取材を通して接してきた日本の記者やフォトグラファーも、タイチームがとても好きだった。できるなら共にオリンピックで戦いたい。心からそう思うような、愛すべきチームだった。

ペルーとの最終戦を終えた後、プルームジットが言った。

「私たちは毎回、毎試合全力で戦いました。でもオリンピックの出場権は獲得できませんでした。この大会で、出場権を獲得したチームの勝利を心から祈ります」

この声を、涙を無駄にしないために。新システムの再考、そして最終予選で五輪出場権を手にした4チームが悔いなく戦うことができることを、心から願うばかりだ。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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