映画「徘徊」から3年 ママリン90歳になりました!

雨中の徘徊 (田中幸夫撮影)

 今も全国各地で上映が続く「徘徊 ママリン87歳の夏」は、認知症の母ママリンを娘アッコが支えるドキュメンタリー映画だ。「ここはどこ? あんたは誰?」「娘のアッコ」「えらい大きいなったな」「そらもう、おばはんや!」… 

 不条理とも言える二人のシュールな掛け合いに、観客たちは驚き、笑い、やがて涙する。認知症ドキュメンタリー映画のイメージを一変させた母娘、二人のその後は?

 90歳になったママリンと58歳のアッコの「今」を伝えたい。

 

■凄まじい徘徊の記録

ママリン徘徊記録(2010年から2014年まで5年間)   

家出回数:1338回

徘徊時間:1730時間

徘徊距離:1844km

最長徘徊時間:15時間/日

最長徘徊距離:12km/日

お世話になった善意の方々:2000人以上

お世話になった交番・警察署:31カ所

左上:夜中にドアを叩くママリン 左下:徘徊中のママリンと見守るアッコ 右上:徘徊中のママリンと見守るアッコ 右下:警察に保護されたママリン (左上下、右上:田中幸夫   右下:酒井章子撮影)
左上:夜中にドアを叩くママリン 左下:徘徊中のママリンと見守るアッコ 右上:徘徊中のママリンと見守るアッコ 右下:警察に保護されたママリン (左上下、右上:田中幸夫 右下:酒井章子撮影)

 母娘が暮らすのは、人が行き交うビジネス街の大阪・北浜。荒ぶる母を自宅に閉じ込めるのをやめて徘徊につきあうようになると、ご近所やお店の人の目に留まり、さりげなく自然に助けてくれるようになった。

…引きこもるのではなく、露出系

 認知症の母と暮らすことが、どうしても避けられないことなら、それをありのまま受け入れるしかない。介護という言葉に縛られず、母を連れて居酒屋やバーにも行く、ご近所さんや友達にも紹介する。

…隠すのではなく、お披露目系

 しかし、その徘徊は尋常ではない。6年間で歩いた距離は大阪/東京3往復以上。一体どこまで歩くのか。認知症と健常者の知恵比べ、体力勝負の根性試し。

…感情の介護ではなく、実験系

 「徘徊 ママリン87歳の夏」は、そんなちょっと普通じゃない、でも母娘にとっては普通の日々のドキュメンタリー映画。

■認知症と向き合う3つのポイント

 決してお涙頂戴ではないアヴァンギャルドな映画だからこそ見えた認知症と向き合う3つのポイント。

○傾向を知り対策を立てる

○地域の中で生きる

○残存する人間性への敬意

 「本当の決断とは、状況から逃げるのではなく、状況そのものを引き受けること…」と、娘アッコは話す。

左半分:映画ポスター 右上:映画館での舞台挨拶 右下:上映後の賑わい(左半分:東學 右上下:北川のん撮影)
左半分:映画ポスター 右上:映画館での舞台挨拶 右下:上映後の賑わい(左半分:東學 右上下:北川のん撮影)

■認知症に打ち勝ったママリン

 ママリンは現在90歳、足腰も衰え自力で起き上がることも歩くことも困難になった。しかし食欲旺盛、毎朝のプリンアラモードを楽しみに一日一日を生きる。娘は言う。「母には過去も未来もありません。ただ、今があるだけ。何のストレスもない状態です。ママリンは認知症にも老いにも打ち勝ったのかな…」

 最近「徘徊」という言葉を使わないようにする動きがある。言葉は時代と社会の空気が生み出す。かつて「老人性痴呆症の世界」というドキュメンタリー映画があった。「痴呆症」から「認知症」への言い換えで、当事者の露出は増え、理解も深まった。

 「徘徊」はどんな言葉に言い換えられるのだろう。

<プロフィール>

◎母:ママリン(酒井アサヨ)

昭和2年、福岡県門司市生まれ。女学校を卒業後、大阪の町医院に住み込み看護婦(師)となる。30代で結婚し転勤を重ね、昭和44年から奈良に在住。平成10年に夫が他界後は一人暮らし。平成18年に主治医より認知症と診断され、長女・章子が週2~3回実家に通うが、症状が進行。近所からの苦情もあり、平成20年から章子と大阪市北浜で同居を始める。

◎娘:アッコ(酒井章子)

昭和34年、大阪市生まれ。大阪芸術大学入学を機に家出、情報誌の編集を経て、昭和63年に編集プロダクションを設立。平成13年に北浜に移転し、自宅の上階にギャラリー(10W gallery)を併設、現在に至る。

*「徘徊 ママリン87歳の夏」 映画公式サイト hai-kai.com

劇場公開後、全国各地でのホール上映は300カ所を超える。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の動画企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】