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内閣・党役員人事の前倒しは岸田総理の「焦り」と「逃げ」

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(660)

葉月某日

 最高権力者である内閣総理大臣の権力とは、つまるところ「解散権」と「人事権」に尽きる。衆議院解散と閣僚人事、そしてそれに伴う与党の党役員人事は、総理大臣にならないと行使できない。だから総理大臣は窮地に陥ると、衆議院解散か、内閣改造・党役員人事を考える。

 その権力行使よって求心力を高めようとするが、同時にそれにはリスクも伴う。解散権を行使して選挙に敗れれば野党に権力を奪われ、内閣改造・党役員人事が不評だと、それが党内抗争を引き起こし、権力を失うきっかけになる。

 岸田総理は臨時国会最終日の5日、当初9月上旬と言われていた内閣改造・党役員人事を1か月前倒しにして、来週10日に行う考えを明らかにした。突然の前倒しに自民党内は騒然となった。

 フーテンは岸田総理が安倍元総理の国葬をいち早く決めた時から、やることすべてが思い通りにいかず、焦りがあることを感じていた。だから人事の1か月前倒しを聞いて、焦りを告白したようなものだと思った。

 要するに岸田政権は9月上旬まで人事をやらないと政権運営が難しくなるのである。それは旧統一教会と自民党との関係が明るみに出て、それが底なし沼の様相を帯びてきた。通常の内閣人事では、官邸が入閣候補者の「身体検査」を行う。入閣させた後に旧統一教会との関係が明るみに出れば、任命した岸田総理が「任命責任」を問われる。

 それを避けるため、「身体検査」を自己申告制にして「責任」を免れ、もう一方では旧統一教会との関係が密な最大派閥の安倍派からの入閣要請を制約しようとする狙いがある。そのため発表から5日後に人事を行うという異例の展開となった。

 こうなると旧統一教会とかかわりがあった自民党議員は自ら入閣を辞退せざるを得ない。そうやってふるいにかけ、旧統一教会と関係のなかった議員だけで組閣をする。人事といっても権力行使とは言えない「逃げ」のやり方だ。それで適材適所の組閣が出来るのか、党内の不満は抑えられるのか、結果を注視することにしたい。

 岸田総理は7月14日の記者会見で、選挙遊説中に銃撃され死亡した安倍元総理を「国葬」にすると発表した。吉田茂元総理以来55年ぶりという「国葬」は異例中の異例である。周囲には慎重論もあったが岸田総理が押し切った。

 岸田総理はその3日前にも安倍元総理に戦後4人目となる最高位の勲章を授けることを決めた。そして「国葬」にする理由を、憲政史上最長の任期を務めたこと、経済再生や日米同盟強化などの実績、さらに外国から数多くの弔意が寄せられたことを挙げた。

 その直後にフーテンは「なぜ早いタイミングで国葬を決めたのか。何をそんなに焦っているのか」とブログに書いた。岸田総理が挙げた「国葬」の理由はいずれも理由にならず、しかも決めたタイミングが早すぎると思ったからだ。

 何度も書いたが、戦前に8年以上も総理を務めた桂太郎元総理は国葬の対象になっていない。だから在位期間は国葬の理由にならない。また安倍元総理の経済・外交政策の評価はまだ定まっておらず、これも理由にならない。

 海外から弔詞が多く寄せられたのは事実だが、民主主義を否定する「政治的暗殺」と報道されたからだ。ところが「旧統一教会」が絡んだ事件と分かってきたから事情は異なる。民主主義の否定ではなく、安倍元総理とカルト教団との関係に焦点が移った。それなのに早々に「国葬」を決めたのは、焦りとしか思えない。

 何の焦りか。参議院選挙をメディアは「与党大勝」と報道したが、自民党は比例の獲得票数を安倍政権時代より600万票減らした。安倍総理支持の「岩盤支持層」が自民党から逃げ出したことを意味する。これを繋ぎ留めるには、自分が安倍総理の遺志を継ぐ人間であることを見せつけなければならない。

 そのため岸田総理は、安倍元総理に最高位の勲章を贈り、「国葬」の対象にし、さらに「遺志を継いで憲法改正や拉致問題解決に全力を挙げる」と言い続けざるを得なくなった。それは誰かが安倍元総理の後継者と認知されたら、自分の権力はなくなると考える恐怖心の現われでもある。

 最大派閥の安倍派にそれらしき人物はいないが、安倍元総理を官房長官として支えた菅前総理には、安倍元総理の後継者足り得る要素がある。事件直後に菅前総理は現場に向かい、安倍元総理の遺体と対面した。それも安倍後継を意識した動きに映る。岸田総理周辺から菅前総理取り込み策が漏れてくるのは、一連の動きと同一線上にある。

 フーテンの目から見ると、岸田総理は最大のライバル安倍元総理がいなくなったことで、自分の政治をじっくり腰を落ち着けて練り直すより、安倍元総理の後継者が現れぬようにしながら、自分を安倍元総理の後継者と見せることに必死である。まるで安倍元総理の亡霊に憑りつかれているようだ。

 考えてみれば岸田総理の政治は、最初から「アンチ安倍」のように見せるが、実は安倍政治の継承をやってきた。例えば「アベノミクス」に対抗するかのように「新しい資本主義」を掲げた。しかし中身はよく分からない。

 それがうすうす「アベノミクス」の継承だと分かってきた。しかしうすうすなので、やはり「新しい資本主義」の中身はよく分からない。その一方、安倍派の政治とは真っ向から対立した宏池会の継承者のそぶりもする。しかしこれもどこまで本気で宏池会政治を継承するのか分からない。

 宏池会の創立者である池田勇人元総理の国家戦略「所得倍増計画」をもじって「資産倍増計画」を打ち出し、同じく宏池会の大平正芳元総理の国家戦略「田園都市国家構想」をもじって「デジタル田園都市国家構想」を言うが、ただの言葉遊びで、国民は誰もそれが国家戦略だとは思っていない。

 それより岸田総理は「安倍元総理の遺志を継ぐ」と発言しているのだから、宏池会の「軽武装、経済重視」路線をどうするのか、継承するのか、あるいは発展させて異なる戦略を描くのか、それも分からない。フーテンから見ると岸田政権の権力の中心は「真空」なのである。

 岸田総理は安倍元総理を意識し、外交面で米国のトランプ前大統領の天敵であるバイデン大統領と緊密な関係を築こうとした。そのためバイデン大統領が中間選挙での敗北を免れるため、ウクライナのゼレンスキー大統領を使ってロシアのプーチン大統領を挑発し起こさせたウクライナ戦争で、反プーチンの姿勢を強調した。

 安倍元総理はトランプとも密接だったがプーチンとも密接だったから、岸田総理がG7の一員として欧米側に立つのは、安倍元総理に対抗する意味合いがあった。しかしプーチンの侵略戦争と非難されたウクライナ戦争は、中国とロシアの関係を強めさせ、それだけでなくインド、ブラジルをはじめ、中東産油国などがロシアと協力関係になることで、先進国対新興国という国際的枠組の変化が生まれつつある。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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