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プーチン勝利を予想する米国の安全保障戦略家ミアシャイマー教授の「オフショア戦略」と台湾有事

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(642)

卯月某日

 西側世界では、ロシアのプーチン大統領が無辜の市民を虐殺する大悪人で、大国ロシアに抵抗するウクライナのゼレンスキー大統領は英雄として賛美されている。

 しかし米国の安全保障戦略の第一人者であるシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授は、今回のウクライナ戦争で責任を負うべきはプーチンではなく米国とNATOの西側で、最終的にプーチンが勝利者となり、敗者となるウクライナは米国の手によって花で飾られた棺に誘導されるとYouTubeで語っている。

 日本でプーチン擁護論は禁句である。まるで全体主義国家になってしまったかのように日本のメディアは米英発の情報一色になっているが、米国の安全保障戦略家が指摘するウクライナ戦争の本質は、驚くほどフーテンがブログに書いてきたことと合致する。

 ミアシャイマー教授がYouTubeで発言した内容を紹介しながら、教授の理論である「オフショア戦略」とウクライナ戦争の関係、そして「台湾有事」における日本の安全保障との関連について考えてみる。

 「オフショア戦略」とは、かつての米国が「テロとの戦い」を行ったように、米国の正義を掲げて積極的に海外で戦争したのとは逆に、米軍の海外での軍事プレゼンスを縮小し、軍事負担を同盟国と分担(バードン・シェアリング)するのもやめて、負担を同盟国に移す(バードン・シフティング)ことを言う。

 同盟国が戦争しても米国は戦場に兵士を送らず支援だけにとどめる。現在のウクライナ戦争で米国とNATOがロシアとの戦争を避けるため、地上部隊を派遣しないやり方は、ミアシャイマー教授の提唱する「オフショア戦略」そのものだ。

 しかしミアシャイマー教授は現在のウクライナ戦争に批判的である。それは戦争すべきでなかったのにプーチンを追い詰めて戦争に至らしめたからだ。フーテンも全く同様の考えで、そもそもウクライナにNATO加盟を熱望させるようにした米国の対応が戦争の原因を作ったと考えている。

 フーテンがこれまでブログで書いたように、冷戦時代にはNATOの東方拡大などありえない話だった。ソ連の喉元にナイフを突きつけるようなことをソ連が認めるはずはない。核武装国家同士が戦争になれば世界は破滅する。熱戦にならないようにすることが冷戦時代の基本戦略だった。

 ところがソ連が崩壊して米国が唯一の超大国になった時から、米国の中に米国の民主主義を世界に広めて世界を支配するという考えが出てくる。クリントン大統領が最初にNATO東方拡大に舵を切った。次のブッシュ(子)大統領もそれに続き、米国に協力的だったプーチンを反米に追いやった。

 オバマ大統領の時代には、米国のネオコンが主導してウクライナに「マイダン革命」を起こさせ、親露派政権を打倒した。プーチンはロシアにとって死活的に重要な軍港が存在するクリミア半島の武力併合に乗り出さざるを得なかった。

 ロシアはウクライナ東部を拠点とする親露派武装勢力を後押しすることになり、ウクライナ軍との間で内戦が8年も続いてきた。ところがミアシャイマー教授に言わせると、ワシントンでは「プーチンはNATOの東方拡大を恐れることはない」との意見が多数だと言う。米国にはウクライナをNATOに加盟させる気がなかったからだ。

 「しかし」とミアシャイマー教授は言う。2017年にトランプ大統領はウクライナの武装化を始めた。米国は武器を送ってウクライナ人を武装化し、軍事訓練を施し、緊密な外交関係を結ぶようになった。これは事実上のNATO加盟である。それがロシアを緊張させた。

 特に昨年夏にウクライナがドンバス地方のロシア軍にドローン攻撃を行ってロシアを恐怖させ、また同じ頃に英国は駆逐艦に黒海のロシア領内を航行させ、11月には英国の爆撃機がわざわざロシア領内を飛行してロシアに脅しをかけた。

 これらの出来事でロシアの恐怖心は高まり、今年1月にラブロフ外相は「NATOの東方拡大、次にウクライナを巡る軍事的挑発により、ロシアの恐怖心は沸点に達した」と語った。その結果、2月24日の大規模な出来事が勃発したとミアシャイマー教授は言う。教授は「侵略」とか「侵攻」と言わずに「大規模な出来事」と言った。

 ところが米国政府は「これはNATOの東方拡大と全く関係がない」と主張する。しかしロシアは2008年以来、「ウクライナのNATO加盟はロシア存亡の危機になる」と言い続けてきたのだ。

 このつじつまを合わせるため、米国政府は次のようなストーリーをでっちあげたとミアシャイマー教授は語る。「これは米国によるNATO東方拡大のためではない。ウラジミール・プーチンという男が、旧ソ連を復活させようとしているか、領土的野心の実現に関心を持っているか、そのどちらかである」と。

 しかし教授は2014年のクリミア併合まで西側世界の誰もプーチンを「侵略者」と言った事実はないと断言し、クリミア併合でオバマ政権は虚を突かれたが、プーチンが問題だという認識は米国政府になかった。プーチンは旧ソ連の復活に固執したり、大ロシアの建設に固執したこともない。ウクライナをロシアに併合すると発言したこともない。

 心の中ではウクライナはロシアの一部になる方が良いと考えているだろう。また心の中に旧ソ連を復活させたい気持ちもある。しかしプーチンは「それは良からぬ考えだ」と明言している。だから旧ソ連の復活や大ロシアの実現に固執しているという根拠はどこにもない。

 教授に言わせれば、そもそもロシアにはその能力がない。まず十分な規模の軍隊がない。GDPは米国のテキサス州より小さい。全盛期のソ連と同じではないのだ。またロシア人は冷戦期に東ドイツ、ハンガリー、チェコスロバキア、ルーマニア、アルバニアで大規模な民衆の反抗に遭った経験があるから、領土を拡張したいと思うはずがない。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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