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岸田総理の施政方針演説に「国民を舐めたらあかんぜよ」と言いたくなった

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(629)

睦月某日

 第208通常国会が召集され、岸田総理大臣が最高権力者として今年何をやろうとするのか、政権の基本方針を示す施政方針演説が行われた。しかしそれは昨年12月6日に開かれた臨時国会での所信表明演説とほぼ同じ内容だった。

 まあ1か月しか経っていないのだから同じ内容になるのは致し方ないと言えばその通りだ。しかし年の初めに今年1年の基本方針を述べるというのは特別の演説である。それが二番煎じになったというのはどうもいただけない。

 昨年の所信表明演説では、まず新型コロナ対策に演説全体の3分の1に当たる10分ほどの時間を充て、その中で最も力を入れたのが水際対策の徹底だった。G7の中で最も厳しい全世界からの入国を禁止する方針を取ると言い、「慎重すぎるという批判があれば私が全責任を負う」と力んで見せた。

 今回の施政方針演説でも新型コロナ対策について10分間、全体の4分の1ほどの時間を充てた。しかし所信表明であれほど力んで見せたにもかかわらず、水際対策には「大きな穴」が開いていた。日本の主権の届かない在日米軍基地からオミクロン株の感染が広がっていたのである。

 在日米軍は日本政府に把握されずに日本に入国することができる。米軍基地は日本の領土外だから、米軍基地に直接飛来すれば日本政府に把握されない。トランプ前大統領は日本が米国の植民地であることを米国民に再認識させる意味で、2019年の初来日の際、ハワイ経由で米軍の横田基地に降り立った。

 オミクロン株の感染は在日米軍基地が集中する沖縄県、そして岩国基地のある山口県や隣の広島県が真っ先に急拡大を見せた。世界で最も厳しい水際対策を敷いたにもかかわらず、基地のある地域から感染が拡大したのは、日本が植民地であるためだ。しかし施政方針演説で岸田総理はこのことになにも触れなかった。

 岸田総理は前後の脈絡もなく「米国は、必要不可欠な場合以外の外出を認めない、夜間の外出を禁止するなど、在日米軍基地の感染拡大防止措置を発表しました」と言うだけで、在日米軍基地のあるところから感染が拡がったことを政府がどう認識し、どのような行動をとったのか、何も説明しなかった。

 その問題に触れれば、1951年のサンフランシスコ講和条約で日本の主権が回復されたとする通説の説明がつかなくなる。日本の主権は概ね回復されたが、軍事主権は与えられていないという事実に突き当たるからだ。

 日本は憲法9条と日米安保条約がセットになって、自国の安全を米国に委ねている。それは「戦後第一の創業期」を「軽武装・経済重視路線」によって成し遂げようとした吉田茂の戦略から生まれた。軍事に金も人も使わないことが経済復興策と考えられた。

 岸信介や椎名悦三郎も国会で「米軍は番犬」と発言した。日本というご主人様の家に忍び込もうとする敵を米軍という番犬が追い払ってくれるという説明だ。だから時々はエサをやらなければという理屈でエサ代が予算化された。

 ところが今では番犬がご主人様を振り回すようになった。ご主人様は番犬に何も言えないどころか、その命令によって動かされている。そうした事実を国民に知られないように、在日米軍基地のオミクロン感染について素通りしたのが、岸田総理の施政方針演説だったとフーテンは思う。

 岸田総理が新型コロナ対策に次いで力を入れたのは「新しい資本主義」の売り込みだ。昨年の所信表明でも10分ちょっとの時間を割いて、デジタル田園都市国家構想、気候変動対策、経済安全保障、そして何よりも目玉にしたい分配政策について演説した。

 今年の施政方針演説でも同じ量の時間を「新しい資本主義」の説明に充てた。しかしこれが具体的なイメージの湧かない説明なのだ。これもやるあれもやると言うが、どこから何を、どのようにやるのか想像ができない。

 デジタル田園都市国家構想では所信表明の時に、日本列島に海底ケーブルを張り巡らして光ファイバーや5Gなどの拠点を複数作り、地方からデジタル化を促進すると言って、少しイメージが湧いたが、施政方針演説ではそれがすっぽり消えて再びイメージが湧かなくなった。

 世界的にインフレ懸念が高まる中、賃上げ政策は極めて重要な政権の課題になる。しかしそれが促進税制だけで事足りるのか、安倍政権がやった「官製春闘」でも大した効果がなかったことを思えば、岸田総理が「一気に反転させる」と言っても、具体策が示されないと迫力が感じられない。

 演説草稿を書くスピーチライターも、所信表明と施政方針演説と同じことを2度書かなければならなかったのだから大変だったと思う。だから違いを格言の引用で印象づけた。

 所信表明では「早く行きたければひとりで行け、遠くまで行きたければみんなで行け」というアフリカの諺と、「屋根を修理するなら、晴れた日に限る」というケネディ元大統領の言葉を引用したが、施政方針演説では「行蔵は我に存す」という勝海舟の言葉を引用した。

 アフリカの諺は岸田政権が前の安倍・菅政権と異なり「国民と共に歩む」という意味を込めていると思う。それが長期政権の秘訣と考えているのかもしれない。ケネディの引用は新型コロナ対策や経済の立て直しに大胆な財政出動も辞さない決意を込めたと解釈された。

 それでは施政方針演説に引用された勝海舟の言葉には何が込められているのか。「行蔵は我に存す」は勝海舟が福沢諭吉から批判されたことへの回答だ。福沢は徳川の幕臣だった勝が、徳川を倒した明治政府にも仕えていることを、痩我慢の美学がないと批判した。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:4月27日(土)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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