フーテン老人世直し録(598)

葉月某日

 東京五輪が閉幕した。IOC(国際五輪委員会)のトーマス・バッハ会長は「成功だった。五輪に対しIOCがとったアプローチは正しかった」と自画自賛したが、コロナ禍と猛暑の中での開催強行にフーテンは最後まで疑問が消えることはなかった。

 2013年9月のIOC総会で2020年の東京招致が決まった時から、フーテンはブログに東京五輪に対する疑問を次々に書き込んできた。それはウソがあたかも真実であるかのように流布され目に余ると思ったからである。

 それから7年余、ウソはピークを迎え、IOCは「コロナ禍がどうであっても開催する」と強行開催を断言し、大スポンサーの米NBCテレビは「史上最高の利益が見込まれる」と豪語したが、現実は史上最低の視聴率で広告主と補償交渉に入らざるを得なくなった。

 これは米テレビの放映権料を主な財源とするIOCのビジネスモデルがもはや時代に合わないことを示している。そうであるならば、本来は猛暑の夏に五輪を開催する必要も、コロナ禍の中で強行する必要もなかったことが示されたのだ。

 猛暑とコロナ禍の中の開催は、ひたすらIOCが米テレビ局の意向に従った結果である。その米テレビ局は今回のビジネスに失敗した。にもかかわらずバッハ会長は五輪最終日に「適切な時期での開催だった」と強弁し、ウソをウソで塗り固めた。

 五輪の閉幕は、夢から覚めて現実を直視する機会が訪れたことを意味する。今こそ何がウソであったのかを見極める時だ。橋本聖子東京五輪組織委会長は閉会式で「困難な中での五輪開催は未来を創る」と語ったが、ウソにあふれた五輪のままでは未来など創れない。

 フーテンがこれまで書いてきたブログをベースに、メディアが多くを語らない「もうひとつの東京五輪への道」を書いてみようと思う。まず東京五輪招致が決まった時の構想は、2011年に起きた東日本大震災からの復興支援と、インフラや交通網、宿泊施設などを完備した成熟都市でのコンパクトな五輪開催だった。

 フーテンは決まった直後に「日本はやるべき順番を間違えていないか」とブログに書いた。当時の日本にとって最大の課題は、東北の復興と原発事故の収束、そして世界で最も深刻な少子高齢化対策の推進だった。

 復興の遅れは人手不足と資材調達に原因がある。タイムリミットのある東京五輪がそこに入り込めば、そちらが優先され復興はさらに遅れることになる。一方、海外メディアからは原発事故の影響を懸念する声が上がり、安倍前総理は「汚染水はコントロールされている」とウソをついた。

 そして日本の五輪関係者は「東京は安全だ」をしきりに繰り返す。それを聞いてフーテンは東京と福島の間に壁が作られたような気がした。そして日本人が一つになって原発事故の収束に全力を挙げようとしてきた姿勢に緩みが出ることを懸念した。

 国民の少子高齢化問題に対する関心は東京五輪開催決定によって薄れる。それまでは社会保障問題が注目の的だったのに、「アベノミクス第4の矢」ともてはやされると、東京五輪の経済効果に期待する声が大きくなり、景気さえ良くなれば後はどうでも良いという風潮が生まれた。フーテンは「景気の良い話に踊らされて後で泣きを見るのは常に庶民」とブログに書いた。

 さらに問題は東京の夏の暑さだ。フーテンには40度を超す中東での取材経験があるが、それよりも東京の暑さは息苦しい。気温より湿度が問題なのだ。ところが招致委員会は「温暖でスポーツに最適」とウソをついた。夏の開催に反対を表明した国会議員がアントニオ猪木氏しかいなかったことをフーテンは悔んだ。

 東京五輪招致決定で、東日本大震災からの復興優先という日本の雰囲気が変わったとフーテンは感じた。「東京五輪の成功」が水戸黄門の葵の印籠となり、7年後の「五輪の成功」を夢見て国民は政治に文句を言わなくなると思った。それが政治の側の思惑でもある。

 招致が決まると、次に目に付いたのは政治利権を巡る争いだった。まず招致活動の先頭に立ってきた猪瀬直樹東京都知事が失脚する。東京五輪組織委会長の座を巡り猪瀬氏と森喜朗氏の間に確執があると伝えられていたが、招致決定の10日後に東京地検特捜部が石原慎太郎元都知事のスポンサーである徳田虎雄氏の息子の公職選挙法違反事件に着手し、その過程で猪瀬氏が徳田氏から5千万円の資金提供を受けていたことが発覚した。

 招致決定からわずか3か月後に猪瀬氏は都知事を辞任する。そしてその1か月後に森喜朗氏が東京五輪組織委会長に就任した。その就任の日は、猪瀬氏の次を決める都知事選挙に自民党を離党していた舛添要一氏が出馬会見を開き、森会長就任と連動して「東京五輪成功」を打ち上げる予定の日だった。

 ところがその日に小泉純一郎元総理が細川護熙元総理とツーショット会見を開き、細川氏を都知事候補にして「都知事選挙は原発ゼロと原発再稼働との戦いだ」とぶち上げた。これは原発再稼働を目指す安倍前総理と、その日が東京五輪組織委会長就任である森元総理に対する挑戦状である。

 森氏は「五輪を人質に取って原発をやめさせようとするのは卑劣なやり方だ。安倍政権にダメージを与えかねないことをやるのか」と不満を表明したが、森喜朗、安倍晋三と小泉純一郎の3人の間には微妙な溝がある。フーテンは「森、小泉、安倍のバトルロイヤル」というブログを書いた。

 都知事選は共産党が宇都宮健児氏を擁立して野党の足並みがそろわず、舛添氏の圧勝に終わり、舛添氏は森会長と連携して東京五輪の成功を目指す。しかし五輪経費を縮減しようとして森氏と対立、すると再び「政治とカネ」の問題が週刊誌で指摘され、舛添氏も任期途中で辞任に追い込まれた。「東京五輪には呪いがかけられている」とフーテンはブログに書いた。