政局としての「党首討論」、東京五輪中止はあり得るか

フーテン老人世直し録(587)

水無月某日

 2年ぶりに開かれた「党首討論」は予想通り「討論」にならなかった。野党の党首が新型コロナウイルスの感染対策や東京五輪開催の是非について問い質したのに対し、菅総理は直接それに答えようとせず、曖昧な姿勢に終始した。

 それを見てフーテンは2つのことを思った。1つは日本に欧米型の民主主義は似つかわしくないのかという諦めに似た感情、もう1つはこの「党首討論」を政局がらみで見ればいくつかの注目すべき発言があったということである。

 そもそも「党首討論」は、国家の基本問題を巡り、与党と野党の党首が丁々発止の議論を行い、それを国民に見せ、政権交代させるかどうかを判断させる仕組みである。2000年に自由党の小沢一郎党首が、自民党との連立の条件として、小渕恵三総理に要求し実現させた。

 英国議会では毎週水曜日に30分間「プライム・ミニスター・クエスチョンタイム」が開催され、議員は誰でも首相と討論できるが、中でも野党党首との討論が最も注目される。それを日本でも真似て、政権交代可能な二大政党制に近づけようとしたのである。

 時間が30分と短いのは国民に見てもらうためで、その代わり毎週開かれ、その時々の課題が取り上げられる。ところが日本の国会では、予算委員会の最初の3日間、総理以下全大臣が出席して午前9時から午後5時まで長時間の「質疑」が行われ、NHKがそれを中継する。

 それが与野党の議員だけでなく国民にも浸透した結果、この国では「討論」でなく「質疑」が国会審議の本流と思われている。「質疑」とは政府・与党が出した法案の字句の意味を一つ一つ問い質すことである。それによって法案の意図を明らかにし、それが国民に不利益にならないかを確認する。

 国会では「質疑」が終わると次に「討論」を行い、それから「採決」に移るが、NHKの中継は「質疑」の部分だけで「討論」や「採決」は放送されない。それを放送しても意味がないからだ。

 日本には「党議拘束」があって、各党の議員は党の方針通りに採決に臨む。従って採決の結果は数の多い与党の考え通りになることが既に決まっている。そのため「討論」も「採決」も関心を持たれず、意味があるのは野党の「質疑」だけと考えられている。

 さらに「質疑」は「討論」ではないので、総理は反論することができない。従って野党は総理が答えられない質問や、答弁が問題視されるように誘導する質問を繰り返し、総理のイメージダウンを狙う。それに対抗するため総理は追及を逃れる技術を磨く。

 「あーうー」と言いながら言葉を探したのは大平総理である。「言語明瞭、意味不明」の答弁を得意としたのは竹下総理だ。しかし近年は答弁にならない話を延々繰り返して時間を稼ぐ手法が横行する。安倍前総理が得意としたが、菅総理も昔の東京五輪の思い出話で露骨に時間稼ぎをした。

 フーテンは英国議会でサッチャー首相と労働党のキノック党首との「クエスチョンタイム」を見たことがある。公立から私立に学校の選択肢を拡げさせようとする教育バウチャー制度を巡る議論だった。反対するキノックをサッチャーは「お前は社会主義者か!」と一刀両断に切り捨て、キノックも負けずに反論してなかなか激しい討論だった。

 しかし日本ではそうした討論にお目にかかれない。攻める野党と守りの総理という「質疑」の構図が党首討論にも及び、国家の基本を巡る丁々発止の議論にならない。本来の趣旨とはかけ離れてしまった「党首討論」だが、しかしこれを「政局」の視点で見るとまた別の興味が湧く。

 今回の「党首討論」で最も興味を持たれていたのは、このコロナ禍で菅総理が本気で東京五輪を開催するつもりなのか、それとも中止の可能性はあるのかという点、また解散・総選挙をどう考えているのかの2点だったと思う。

 フーテンの見方を先に言えば、菅総理にとって東京五輪は開催しても中止してもどちらでも構わない。感染が本当に収束に向かい国民が不安に思わない状況になれば東京五輪を開催する。しかし多くの国民が「無理だ」と思う状況なら「スパッ」と中止にする。そのタイミングは6月末だ。それまでは一生懸命に開催への努力を続ける。

 多くの国民が「無理だ」と思う状況で「スパッ」と中止にすれば、菅内閣の支持率は回復する。一方でワクチン効果のおかげで国民の不安が消え、誰もが「無理」だと思わない状況になれば開催に踏み切る。開催されれば国民は盛り上がり、菅内閣の支持率は回復する。

 国民の多くが「無理だ」と思う状況で中止するのは責められる話ではない。「お前の失政で感染が押さえられなかった。だから東京五輪も中止になった」と批判できる人間がどこにいるだろうか。一生懸命やったがコロナに勝てなかったというだけの話だ。

 責められるとすれば「1年延期」で開催できると判断した安倍前総理であり、それに同調した小池東京都知事であり、バッハIOC(国際五輪委員会)会長である。この人たちにはなぜ「1年延期」で開催できると判断したかを問いたい。ワクチンがそれまでに世界中に行き渡ると本気で思っていたのかということだ。

 そいう目で「党首討論」を見ると、なかなか興味深かった。菅総理はとにかく6月末までは一生懸命開催への努力を続けなければならないから、野党党首からみれば開催に突き進んでいるように見える。

 従って野党は「国民の命をさらしてまで、五輪を開催しなければならない理由は何か」と質問する。すると菅総理は理由を言わない。言わないのは理由などないからだ。ただ安倍前総理が決めた「1年延期」の方針に、東京都もIOCも同調してしまったため、総理としてはやる姿勢を見せるしかない。

 しかしその後に菅総理は「国民の命と安全を守るのは私の責務、守れなくなったらやらないのは当然」と中止の可能性に言及した。ところが面白いもので、野党は誰もそれを信じない。メディアも誰も中止になるとは思わず、この言葉を軽く見る。

 菅総理は「開催を契機として国内感染が拡がる事態は招かないということか」と野党に問われても、「感染対策、水際対策を徹底して、安全安心の大会にしたい」とお経のような決まり文句を繰り返す。

 そしてフーテンが「おや」と思ったのは、菅総理がワクチン接種について「10月から11月にかけて必要な国民、希望する方すべてを終えたい」と表明したことだ。これがこの「党首討論」で菅総理が最も言いたかったことではないかと思った。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。89年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:6月27日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。お名前、年齢、職業、住所、電話を明記して

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