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米国にも日本にも「オクトーバー・サプライズ」が起きた

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(538)

神無月某日

 10月に入ると何かが起こる。米大統領選投票日1か月前の10月には、驚くようなことが起きて選挙の行方に重大な影響をもたらす。これを「オクトーバー・サプライズ」と言う。

 有名なのは、1980年の大統領選挙で再選を目指す民主党のジミー・カーター大統領に対し、共和党のロナルド・レーガン陣営は、ホメイニ革命で国交断絶状態にあったイランに接近し、レーガン政権が誕生すれば米国製武器を提供すると密約を交わし、代わりに大統領選が終わるまでイランに人質となっている米国大使館員の解放をしないよう働きかけた。

 カーター大統領は選挙に勝利するため10月中に人質を奪還する「オクトーバー・サプライズ」を狙ったが、レーガン陣営はイランと密約してそれを封じ込めた。カーターは11月の投票日までに人質を奪還できず、国民から「弱腰外交」と批判されて選挙に大惨敗した。

 フーテンはその翌年に米国のコメの積出港を取材したが、国交断絶しているはずのイランに米国のコメが輸出されているのを見た。国交断絶しているのになぜ輸出するのか不思議に思ったが、後から裏側を知り国際政治にはこうした謀略が渦巻いていることを知った。国交断絶とか経済封鎖と言ってもその裏に何かがある可能性はあるのだ。

 表で対立を見せるが裏で手を握って双方が利益を得る。それは政治の世界でよくある話である。それを知らない者だけが対立を真に受けて馬鹿を見る。だから米中対立や米朝対立を煽るメディアの報道をフーテンは鵜呑みにする気になれない。

 ところが今年はそれとは異なる「オクトーバー・サプライズ」が起きた。再選を目指すトランプ大統領が新型コロナウイルスに感染して入院してしまったのだ。本人は軽症だと言うが、メディアは最悪の事態を想定して報道する。トランプが執務できなくなった場合や、既に投票が始まっている大統領選挙をどうするかなど、様々な情報が流されている。

 現職大統領が再選を目指す選挙で、投票日の1か月前に入院することなど、これまでの歴史にはなかったことだ。サプライズ中のサプライズと言える。大方はこれでバイデンの優勢が決まったかのように言うが、フーテンはもう少し状況を見ないと分からないと思う。政治はそれほど単純とは思わないからだ。理由は後で述べる。

 もう一つフーテンが注目したのは、日本の「オクトーバー・サプライズ」である。菅総理が日本学術会議の新会員候補6名を拒否したことが10月1日に分かった。6名はいずれも安倍政権の政策を批判した学者と見られるが、拒否した理由を菅政権は明らかにしていない。高支持率でスタートした菅政権が、支持率を落とすようなことをするのはフーテンに言わせれば「サプライズ」である。

 そしてその日の菅総理の行動にも「?」と思わせることがあった。新聞の総理動静によれば、1日の午前11時41分、官邸を出た菅総理は衆議院第一議員会館の安倍前総理の部屋を訪れた。10分ほどの面会で官邸に戻ったが、現職総理が前総理の議員会館の部屋を訪れるのは極めて珍しい。

 表向きは「外国首脳との一連の電話会談内容を報告した」というが、そんな報告をするために現職総理が前総理の議員会館の部屋を訪れるか? フーテンはそれとは違う用件で訪れ、しかも安倍前総理に呼びつけられたと思わせる形にした、と思った。

 会合をする場所には意味がある。呼びつけたのか、呼びつけられたのか、それがはっきりするからだ。総理が官邸で会うのは、総理に仕える官僚、陳情を持ち込む政治家、業界団体の代表や財界人、学者やメディア関係者などだが、総理の許可を得て訪問する形だ。

 一方、総理が官邸ではなく公邸か、外のレストランや料亭などで会うのは、総理の方から会いたいと思い、もてなしたい相手である。菅総理は前任の安倍総理には礼を尽くさなければならない立場である。会うなら公邸か外のレストランなどに一席設けるのが普通だ。ところが議員会館の部屋を訪れたというから驚いた。

 それが日本学術会議の候補6名を拒否した日と重なったことで、フーテンにはあらぬ妄想が湧く。この6名が拒否された理由もそれまでの選考過程も明らかにされていないので、確たる材料はまだないが、フーテンには安倍前総理が自民党総裁選のさなかに発表した異例の「談話」と、この候補拒否とが重なって見える。

 以前から書いているように、安倍前総理の本来のシナリオは岸田文雄氏への「禅譲」だった。東京五輪はそれをするための格好のイベントだった。五輪を終わらせ世界中から注目されている中で、安倍前総理は名誉ある辞任をして岸田氏に「禅譲」する。

 目的はハト派の岸田氏に憲法改正の露払い役をさせ、国民投票を国民に経験させてから自分が再び総理にカムバックし、念願の9条改正に手を付けるのである。しかしコロナがすべてを狂わせた。東京五輪は延期となり、コロナ対応も批判されて、岸田氏への「禅譲」などやれる状況ではなくなった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:3月31日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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