菅義偉の敵は石破でも岸田でも野党でもなく安倍晋三ではないか

フーテン老人世直し録(534)

長月某日

 結果が分かっている選挙を見るのはツライ。ツライが民主主義は構成員による選挙で物事を決める仕組みだから文句は言えない。16日に菅義偉総理が誕生するまでのプロセスを、選挙に参加できない我々はただ見守るしか方法はない。

 だが見ていると面白いことも見えてくる。菅義偉候補は自民党総裁選挙で石破茂、岸田文雄の両候補と戦っているが、本当の敵は現総理の安倍晋三氏ではないかと思えてくるからだ。

「安倍路線の継承」を言う菅氏に対し、安倍総理は11日、「敵基地攻撃能力」を保有する安保政策への転換を促す「談話」を発表した。退陣を表明した総理が次期政権の政策に口出しするのは異例である。それも国家の安全保障に関わる重大政策に口出ししたのだから、異例というよりあってはならない権限の逸脱である。

 それをなぜこの時期にやったのか。それは細田派、麻生派という二大派閥に担がれて総裁選を戦っている最中だから、菅氏は極めて弱い立場にある。安倍総理の言うことを否定できない立場だ。そこを狙って安倍総理は「談話」を出した。

 安倍総理は菅政権が強力になり、自分の言うことを聞かなくなることを恐れている。そのため菅総理の下で解散・総選挙をやることを阻止したい。選挙で大勝すれば菅氏の権力は強化され、安倍総理の言うことを聞かなくなる恐れがある。

 前のブログで、安倍総理の突然の退陣表明と、それに続く麻生派、細田派の菅後継候補支持表明は、事実上の「禅譲」だと書いた。それは心から菅政権を待望しての「禅譲」ではない。つまり「禅譲」の本来の意味である「有徳の人に権力を譲る」ことではない。

 かつての中曽根総理と同じ「禅譲」、つまり自分が総理を辞めた後に手が後ろに回らないための「禅譲」である。自分を決して裏切らない政権を作り、裏切らない保証として叩けばホコリが出る材料を仕込んでおく。そして総理の権力で辞めた後の自分を守らせる。

 しかし政界には、自分を総理に押し上げた人物を、権力者は必ず「切る」という原理がある。中曽根氏は田中角栄氏の力で総理になるが、総理になった瞬間から「田中切り」を始めた。

 田中派の中で世代交代を主張し、角栄氏の怒りを買って不遇だった金丸信氏を銀座「吉兆」に招き、畳に両手をついて「あなたを必ず幹事長にする」と約束した。そして竹下登、安倍晋太郎両氏を後継者としてそれぞれ大蔵大臣と外務大臣に起用し、中曽根氏は角栄氏の力が衰える時を待った。

 これは竹下政権が誕生した後でフーテンが金丸氏から直接聞いた話である。大の中曽根嫌いを公言していた金丸氏は、実は中曽根政権誕生直後から秘かに中曽根氏と気脈を通じていたのだ。世代交代を実現するための政略である。

 田中角栄の忠実な下僕と言われた二階堂進氏が「中曽根は必ずあなたを裏切る」と忠告したが角栄氏は聞き入れず、それに二階堂氏が怒って田中派に亀裂が入ると、すぐに金丸氏は竹下氏を総理候補に担ぐため「創政会」を立ち上げた。派内は分裂状態となり角栄氏はその心労から病に倒れた。

 その後、中曽根氏は竹下氏に「禅譲」し竹下政権が誕生するが、その時に中曽根氏は竹下氏の権力が強くならないようタガをはめた。一つは叩けばホコリが出る状態に追い込み、スキャンダルを握って裏切りをさせないようにする。もう一つは国民に不人気な消費増税をやらせて支持率低下を狙ったのである。

 そして外務大臣に中曽根派の宇野宗祐氏を押し込んだ。文人政治家と言われ外交が得意でない宇野氏が外務大臣になったのは、背後で中曽根氏が外交を仕切るためと見られ、中曽根氏は竹下内閣を短命で終わらせ、自分が再度総理になる気でいるとフーテンに思わせた。

 竹下政権は消費増税を強行採決したが、それでも党内基盤は盤石だった。ところが同時に起きたリクルート事件で政権はガタガタになる。リクルート事件の主任検事を務めた宗像紀夫氏は昨年日本記者クラブの会見で、「特捜部の標的は大勲位だった」と語った。しかし潰れたのは竹下政権で中曽根氏は逃げ切り、中曽根傀儡の宇野宗祐氏が後継総理になった。

 しかし宇野政権は参議院選挙で大惨敗、参議院は社会党の土井たか子氏を総理に選ぶという「ねじれ」が、日本政治史に初めて生まれた。以来日本の政治は大混乱の時代を迎えた。「禅譲」という民主主義に反することをやった報いだとフーテンは思うが、それと同じことが今再現されようとしている。

 安倍総理は今年開かれたはずの東京五輪の後で岸田氏に「禅譲」し、憲法改正の露払いをさせようとしたが、コロナの直撃を受けてシナリオに狂いが出た。さらに黒川弘務元検事長を検事総長にし、総理を辞めた後、手が後ろに回らないよう画策したが、これも検察と世論の反発で失敗した。

 いや失敗したどころの話ではない。検察を敵に回してしまったため、河井克之・案里夫妻の裁判次第では1億5千万円の自民党から河井夫妻への資金提供との関連を追及されかねない。そこで共犯関係にある菅氏に「禅譲」先を変えた。共犯関係にあるのだから裏切れない、必ず自分を守ると思ったのだ。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。89年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾のお知らせ」10月25日(日)18時~20時 場所:東京都大田区上池台1-21-5スナック「兎」(03-3727-2806) 東急池上線長原駅から徒歩5分■参加費:1500円 ■申込先: maruyamase@securo-japan.com に住所氏名明記で

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