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政権VS検察の日本版は理解不能の展開

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(511)

皐月某日

 韓国の文在寅政権は昨年12月30日に「高位公職者犯罪捜査庁」を設置する法案を成立させた。これによって大統領や首相、国会議員、検察に対する捜査は従来の検察ではなく「高位公職者犯罪捜査庁」が行う。

 これまで韓国では歴代大統領が退任すると検察に逮捕される事態が続いており、検察の強大な権限が問題になっていた。そこで文政権は「検察改革」を公約に掲げ、側近のチョ・グク氏を法務大臣にして改革を進めようとしたが、検察はチョ・グク氏や家族の不正疑惑を摘発してチョ・グク氏を辞任に追い込み、文政権と激しく対峙した。

 だが「高位公職者犯罪捜査庁」が誕生したことで、検察の上に大統領直属の捜査機関ができ、大統領、首相、国会議員、検察はそちらが捜査を担当することになる。「高位公職者犯罪捜査庁」の人事は大統領が握る。これに従来の検察がどう巻き返しを図るか、その攻防に注目が集まっている。

 それと内容は異なるが、形の上では似たことが日本でも展開されている。安倍政権は黒川東京高検検事長の定年延長を閣議決定し、8月までに定年退職する稲田検事総長の後任に据えようとし、それを後付けで認めさせる検察庁法改正案を今国会で成立させようとしている。

 それを巡り15日、松尾邦弘元検事総長ら検察OB14人が「検察人事への政治介入を正当化する」として反対の意見書を法務省に提出した。元検察トップらが法務省提出の法案に公然と反対するのは極めて異例である。

 意見書には、安倍政権が1月31日に黒川弘務東京高検検事長の定年を半年間延長した閣議決定は検察庁法に基づいていない。安倍政権は一般の国家公務員法に基づいて閣議決定したが、検察官には準司法官とも言える特殊性があるため国家公務員法とは別に検察庁法がある。検察官も国家公務員だからという皮相的な解釈は成り立たない。

 2月13日の衆議院本会議で安倍総理が「従来の解釈を変更することにした」と述べたのは、国会の権限である法律改正の手続きを経ずに内閣の解釈だけで法律の解釈運用を変更した宣言で、フランス絶対王政を確立したルイ14世の「朕は国家である」を彷彿とさせる。

 安倍政権は国家公務員の定年延長を可能とする国家公務員法改正案と抱き合わせで検察庁法改正案を審議入りさせた。野党が検察庁法に基づかない閣議決定の撤回を求めたのに、菅官房長官は必要なしと突っぱねた。そのため黒川氏の定年問題は決着しないまま、検察庁法改正案の審議が始められた。

 改正案の問題点は、内閣の裁量で次長検事および検事長の定年延長が可能となる内容で、違法な閣議決定を後追いで容認しようとするものである。政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力をそぐことを意図していると強い危機感を表している。

 意見書を提出した14人はかつてロッキード事件の捜査に関係した元特捜部検事たちで、当時の国民から「史上最強の捜査機関」と絶賛された栄光の時代を知っている。田中角栄逮捕により最高権力者でも容赦しない「正義の味方」と検察は思われてきた。その人たちからすれば、安倍政権のやり方とそれに抵抗しない現在の検事たちは我慢ならないのだろう。

 しかしロッキード事件を取材したフーテンの見方は、その作り上げられた「検察神話」がその後の検察、とりわけ特捜部をダメにしたと思っている。確かにあの時の検察は慎重の上にも慎重な姿勢で田中逮捕に踏み切った。

 例えば権力者の逮捕で国民世論が反検察に回ることもありうる。それを推し量るため、事前に「天皇」と呼ばれ絶対権力で県政を牛耳っていた福島県知事を逮捕し世論の反応を見た。絶対権力者の逮捕に世論は好意的で、それを見て検察は田中逮捕に踏み切る。

 そして「頂上作戦」と言われた常識破りの逮捕劇が国民を驚かせた。小物の政治家逮捕から大物に迫っていくのではなく、一気に頂上を逮捕し、その衝撃で国民に判断する機会を与えなかった。

 当時、逮捕の可能性のある政治家の自宅を新聞・テレビは24時間見張っていたが、田中が逮捕された時の自宅前には週刊誌記者1人しかいなかった。それほど田中逮捕は想定外で、警視総監も知らないほど情報管理は徹底していた。その成功が特捜部を増長させ、世間を驚かせる大物逮捕を狙わせるようになった面があるとフーテンは思う。

 検察取材を18年続けた元産経新聞記者宮本雅史氏の『歪んだ正義』(情報センター出版局)を読めばそれが分かる。宮本氏は東京佐川急便事件と金丸信自民党副総裁が脱税で逮捕された件に疑問を持ち、独自に取材を進めると、特捜部が捜査経過を上層部に報告せず、一方でメディアを利用し金丸を「悪玉」にする世論を盛り上げ、それから検察首脳に報告するやり方を取っていたことを知る。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:4月27日(土)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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