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米大統領選挙には新しい血が流れ込むと思わせた序盤戦の情勢

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(493)

如月某日

 アイオワとニューハンプシャー両州の民主党予備選挙で俄然注目を集めたのは38歳のピート・ブティジェッジ氏である。保守穏健派の大統領候補として知名度に勝るバイデン前副大統領を抑え、またこの2つの州で勝利を確実視されていた左派のバーニー・サンダース候補をアイオアでは破り、ニューハンプシャーでは僅差の2位につけた。

 人口10万という小さな市の市長を務めた経験だけで、彼は大胆にも大統領選挙に挑戦し、序盤戦に力を集中することで全米に知られる存在になった。父親は地中海のマルタからの移民で、ブティジェッジという珍しい姓はアラビア語に由来する。頭脳明晰でハーバード大学とオックスフォード大学で最優等の成績を収めたという。

 29歳でサウスベント市長となるが、2014年には海軍の軍人としてアフガニスタンの戦争に従軍している。同性愛者であることを公表し、大統領選挙に出馬表明する際に2018年に結婚した夫を紹介し、2人で選挙戦を戦っている。

 米国大統領選挙に於いては、無名の新人がすい星のごとく現れ、それが人気を集めて大統領になるケースが珍しくない。第39代大統領のジミー・カーターはジョージア州知事だったが全米では無名で「ジミー・フー(誰)?」と言われたことが有名だ。

 当時はニクソン大統領の「ウォーターゲート事件」やベトナム戦争の敗戦などで国民の政治不信が高まり、ワシントン政治にまみれていない「ワシントン・アウトサイダー」が国民から好まれた。

 その傾向はその後も続き、42代のビル・クリントンもアーカンソー州という田舎の州知事を務めただけで、湾岸戦争の英雄で名門の出であるブッシュ(父)の再選を阻むことに成功した。

 現在のトランプ大統領も「ワシントン・アウトサイダー」の典型である。ヒラリー・クリントンがファースト・レディと上院議員を務め、ワシントンに深々と根を下ろしていたのに対し、政治と無関係な社会から躍り出て、政治経験ある共和党候補者を攻撃して倒し、最後にはヒラリーにも打ち勝った。

 今年の選挙で本命と言われながらバイデン前副大統領が振るわないのは、ワシントン政治の中心にいた経歴が有権者の心理にマイナスに作用しているのかもしれない。そして1年近くに渡って行われる長期の選挙戦は、政治の世界に「新しい血」をもたらす可能性を増大させるのだ。

 長期の選挙はただ長いから「新しい血」を可能にするわけではない。長い選挙を戦うには金が要る。献金する者を増やしていかなければならない。そして必ず敵陣営からのネガティブキャンペーンがあり、窮地に立たされる。その窮地から脱するタフネスさを有権者は見ている。そしてそれが出来る者に献金する気になる。

 つまり政策とか思想信条だけでなく、有権者は候補者の人間力をあらゆる角度から見極めているのである。だから1年近い選挙期間が必要になる。それが大統領選挙だとフーテンは思っている。

 それと真反対なのが日本の選挙だ。選挙期間が異常に短い。衆議院選挙は12日間、参議院選挙と県知事選が17日間、県議選は9日間、市長選挙と市議選は7日間しかない。もっと言えば米国の選挙は選挙期間など決められていない。投票日が決まっているだけで、いつから選挙運動を始めても良い。しかし日本では期間がまず決められる。その短い期間で政治に「新しい血」を入れるのは相当に難しい。

 しかも世界の選挙は活動のメインが戸別訪問である。そこで候補者は有権者と対話する。ところが日本では禁止だ。選挙運動とは街宣車で走りながら候補者の名前を連呼することだ。河井案里参議院議員の公選法違反事件でウグイス嬢の報酬がやり玉に挙がったが、日本ではウグイス嬢が選挙の主役で、候補者の人間力など誰も興味を持たない。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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