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「統計不正」は日本が「情報偽装国家」であることを示している

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(421)

如月某日

 年の初めから大問題となっている厚労省の「統計不正問題」は、官僚の忖度による「不正」というより、日本という国が自らの歴史を正しく書くことの出来ない「情報偽装国家」であることを日々明らかにしつつあるように思う。

 2月7日付の東京新聞は、「こちら特報部」で厚労省が2008年から11年までの物価を大幅に下落したように見せかけ生活保護費を引き下げた「物価偽装問題」を取り上げた。今回の問題の根底にあるのは全くこれと同じ「情報の偽装」である。

 それは「官僚の忖度」などという生易しい問題ではなく、官僚が情報を偽装して国家の進路を思うように決め、その方向に政治家を向かわせる可能性をも含んでいる。

 東京新聞の記事によると、2013年8月に厚労省が生活保護費の支給金額を「デフレによる物価下落」を理由に総額で670億円削減したが、対象とされた期間の厚労省と総務省の物価下落率に差があることから、東京新聞の白井康彦元記者は厚労省の計算方法を調べ「偽装」があったことを突き止めた。

 2008年から11年までの総務省の消費者物価指数の下落率は2.35%だが、厚労省は4.78%と2ポイントも下回る数字を発表した。なぜそれほどの差があるか。厚労省は2つの計算式を使い、08年から10年までを「パーシエ方式」で、10年から11年を「ラスパイレス方式」で計算したという。

 通常は「ラスパイレス方式」を使うのが一般的だが、それで計算すると3年間の下落率は2.26%になる。厚労省はそれより2%も低く見せるため2つの計算式を併用したのである。

 厚労省が生活保護費を削減する前年の12月には衆議院選挙で「生活保護費の1割削減」を重点項目に掲げた自民党が民主党から政権を奪還した。そのため自民党の要求に応えて厚労省が物価下落率を大幅に下落させる偽装を行ったのではないかと白井元記者は見ている。しかし逆の場合もありうるとフーテンは思う。

 先に厚労省が「生活保護費の削減」を決め、それを実現するために自民党の重点項目に「生活保護費削減」を掲げさせ、民主党政権から自民党政権への政権交代に協力したと見ることもできるのだ。「デフレからの脱却」を掲げる自民党政権に期待し、民主党政権下のデフレ状態をより深刻に見せようとした可能性がある。

 現在、「物価偽装」によって不利益を被ったと主張する生活保護受給者1022人が、国を相手取って訴訟を起こしているが、厚労省は2つの計算式を使ったことを認めても、それは「厚労大臣の裁量権の範囲内で許されることだ」と主張している。

 今回の「統計不正」は、15年前の2004年から「毎月勤労統計」の調査方法が変わったことが発覚して問題となった。東京都の500人以上の事業所が全数調査であったものを秘かに抽出制に変え、そのため平均賃金が実態より低く抑えられ、雇用保険や労災保険の支給額が少なくなった。

 政府は「できる限り速やかに不足分を支給する」としているが、問題はそれよりなぜその時期に雇用保険の支給額を少なくする「操作」を行ったかである。それを解き明かさなければ不足分を支給したからと言って何の問題解決にもならない。

 東京新聞が報道した「物価偽装」は、フーテンが見てきた官僚の実態から極めてありうる官僚の手法である。従ってそれと同じ理屈で「統計不正」を考えてみる。厚労省にはこの時期に雇用保険の支出を低く抑えたい思惑があった。それが出発点である。

 なぜなら失業者の増加によって雇用保険財政がひっ迫する恐れがあったからだ。その時期に何があったか。2003年に小泉政権下で「労働者派遣法改正」が行われ、2004年3月にそれが施行された。それまで限定的だった「労働者派遣」が製造業にも認められ、また1年以内とされていた派遣期間も3年まで延長された。

 人材派遣会社の規模も拡大され、それまでの終身雇用制や正社員中心の日本的労働慣行が大幅に変わることになった。厚労省にとって初めての経験であるから何が起きるか分からない。そうした中で失業保険の支出の増大を恐れる官僚が秘かに全数調査を抽出制に変え、平均賃金を低くすることで雇用保険財政の赤字化を防ごうとした。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:3月31日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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