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「結束」を訴えて「分断」が際立ったトランプの一般教書演説

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(420)

如月某日

 政府閉鎖のあおりを受けて延期されていたトランプ大統領の「一般教書演説」が予定より1週間遅れの5日に連邦議会の上下両院合同委員会で行われた。

 昨年の中間選挙で下院の過半数を民主党に奪われ、民主党の攻勢にさらされて予算案を成立させることが出来ず、史上最長の政府閉鎖に陥ったトランプ政権が、今後1年間の政権運営をどのようなトーンで語るのかが注目されたが、民主党に結束を呼び掛けながら逆に分断が際立つ一般教書演説だった。

 結束を呼び掛けながら分断が際立つのは2020年の大統領選挙を意識すればやむを得ない。トランプ大統領は大規模インフラ整備や医療費削減など民主党も協力しやすい課題を取り上げて「結束」を印象づける演出を行ったが、一方で政府閉鎖の原因となったメキシコ国境の「壁」の建設を巡っては、不法移民に家族を殺された女性の一家を議場で紹介するなど、民主党に妥協しない姿勢を鮮明にした。

「壁」の予算を巡って3月15日までに与野党が合意できなければ、再び政府閉鎖に陥る恐れがある。その場合、トランプは「非常事態宣言」を行い議会の承認を経ずに財源を手当てする方針をちらつかせている。

 しかし不法移民の流入を「国家非常事態」とすることに民主党は反発し法廷闘争に持ち込む可能性がある。訴訟で仮に敗訴となればトランプ政権は大打撃を受ける。

 「一般教書演説」でトランプは「非常事態宣言」には言及せず、「壁の建設は米国人の生命を守る」という説明に終始した。この問題でトランプ演説に拍手する議員は共和党に限られ、明確に二分された議場がテレビ中継された。

 「壁」の建設はトランプにとって2016年大統領選挙での選挙公約であるから容易に妥協できない。トランプは「一般教書演説」で今後の手立てを示さなかったが、世論の動向を見ながら綱渡りの政局運営を続けることになるのだろう。

  

 そしてトランプを追い詰めるもう一つの要因はモラー特別検察官による「ロシア疑惑」の捜査である。2016年の大統領選挙にロシアが介入したとされる疑惑は「捜査がまもなく終了する」と言われ、その捜査結果が注目される。

 この捜査をトランプは「一般教書演説」で「バカげた党派的な捜査」と批判した。それも正面から堂々と批判したのではない。「米国経済が奇跡的ともいえる好調さを保っている」と主張するくだりで、「唯一それに歯止めをかけるのは愚かな戦争であり、政治であり、そしてバカげた党派的な捜査である」と、米国経済の好調さを阻害する要因として並べた。

 まるで民主党が愚かな戦争と愚かな政治と愚かな捜査を行っていると言わんばかりだが、それを堂々とではなく、経済にかこつけてちょろっと発言したところに、フーテンはトランプがトランプらしさを失ったように思った。

 トランプと言えば、政治の素人であることを強みに建前に縛られず、政治的には言ってはならないことを暴言と言われようが率直に表現することでエリートを嫌う米国の大衆のハートをつかんだ。それが知的エリートの典型であるオバマやヒラリーに嫌気がさした大衆の人気を勝ち取った。

 そこでトランプは理想に燃えた民主党政権が米国の価値観を世界に広めようとした米国一極支配を転換し、同盟国の面倒を見ることをやめ、米国の負担を減らすことで地力を回復する多極主義を目指そうとした。

 かつてのニクソン元大統領が東西冷戦構造の中で、米国の重荷となったベトナム戦争を終わらせるため、敵としてきた共産中国と電撃的に和解した「ニクソン・ショック」と似ているが、同盟国に負担を押し付け、一方で最大の敵としてきたソ連と中国との間で力をバランスさせる戦略への転換である。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:3月31日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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