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拉致問題を取り引きの材料とされカネを吸い上げられる安倍政権

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(374)

水無月某日

 日本時間の8日未明に行われた日米首脳会談は予想した通りの内容で、日本は拉致問題で「お願い」をした見返りに、米国からまたカネを吸い上げられることになった。

 当初はカナダで開かれるG7サミットの中で行われる予定だった日米首脳会談を、安倍総理が前倒しをしてワシントンで行うことにしたのは、米朝首脳会談に向けたトランプ大統領の姿勢に危惧を抱いたからである。

 トランプ大統領はこのところ北朝鮮に宥和的な姿勢を強めており、今月初めにも国際テロの首謀者として米国が制裁の対象としていた金英哲党統一戦線部長をホワイトハウスに招き、金正恩委員長の親書を受け取った後、「最大限の圧力という言葉はもう使いたくない」、「人権問題については議論していない」と語った。

 「北朝鮮に最大限の圧力をかけて拉致問題を解決する」という安倍総理の方針と真逆のことを言い始めたのだから安倍総理としては立つ瀬がない。何とか自分の顔も立ててくれと「お願い」しに行かざるを得なくなった。

 これをトランプから見れば「飛んで火にいる夏の虫」で、顔を立てる代わりに中間選挙の材料に米国民が喜ぶ経済的要求を飲ませるチャンスと捉える。従って首脳会談は「安倍総理の顔は立てるが、経済的要求を飲ませる」と予想され、結果はその通りになった。

 そうした意味で午前3時過ぎから行われた共同記者会見は興味深いものだった。冒頭、声明を読み上げたトランプ大統領が拉致問題に触れたのは「米朝首脳会談で拉致問題を提起する。拉致問題は安倍総理個人にとって重要な問題であることを理解している」と述べたほんの一言にすぎない。

 ほんの一言にすぎないが「米朝首脳会談で取り上げる」と言ってもらったことで安倍総理としては「顔が立った」。しかし当たり前の話だが米朝首脳会談で取り上げられてもそれが問題の「解決」にはならない。拉致問題は日本の主権の問題であるから米国は何もできない。ただ頼まれたから「提起する」というだけの話である。

 フーテンは以前から国家主権にかかわる問題を他国に「お願い」して解決しようとするのは「馬鹿な外交だ」と言ってきたが、トランプの対応はその範囲内のまともな対応だった。むしろフーテンはその後の「拉致問題は安倍総理個人にとって重要な問題であることを理解している」というくだりに「ある種の冷たさ」を感じた。

 当たり前ではあるが「日米関係にとって重要」とか「世界の人権問題にとって重要」というのではなく、「安倍総理個人にとって重要」というのは拉致問題を安全保障や人権問題と切り離し、安倍総理の支持率に影響する問題とトランプが捉えていることを示している。

 「森友・加計疑惑」の情報は当然トランプに上がっており、拉致問題で躓けば安倍政権は深刻な状況になることを米国は知っている。つまり拉致問題は安倍政権の「弱い環」と見られ揺さぶりや取引の材料に使われる可能性がある。

 そしてトランプは拉致問題を含む米朝首脳会談についての言及が1分程度だったのに対し、その倍の時間を費やして経済問題に言及した。「安倍総理は軍用機、航空機、農産物を何千億円も購入すると言ってくれた」、「安倍総理はミシガン、ペンシルベニア、オハイオ州に投資をすることを約束してくれた」など具体的な日本の貢献を列挙した。いずれも中間選挙で共和党の勝利に結びつけたい事例である。

 拉致問題で「お願い」をしたばっかりにカネを吸い上げられる典型的な安倍外交の姿がここにあった。そして米朝首脳会談で拉致問題が「提起」されてもそれで解決されることはあり得ないから、安倍総理は自分と金正恩との間で解決する意欲を表明することになる。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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