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北朝鮮危機を騒ぐこの国のどうしようもない馬鹿さ加減

田中良紹ジャーナリスト

29日朝、北朝鮮がミサイルを発射したとの報道を受け、東京メトロ、東武線、北陸新幹線が安全確認のため一時運転を見合わせたという。本気でミサイルが落ちてくると思ったのか。それとも落ちてきた時に運転見合わせで何を守れると考えたのか。あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いたくとも笑えない気持になった。

北朝鮮と戦争状態にあるのは韓国である。その韓国では現在大統領選挙が行われている。危機が本物なら選挙などやっている場合ではないが、誰もそんなことを考えていない。だから普通に選挙を行っている。それが正常な感覚である。

これほど騒いでいるのはおそらく世界中で日本だけ。なぜそんなことになるか、日本人は立ち止まってよく考えてみた方が良い。いかに自分たちが戦争の現実から目を背けてきたかに思いを致し、平和憲法を守っていれば平和でいられるという幻想から目を覚ますべきなのだ。

北朝鮮危機を煽っているのは米国のトランプ政権だが、トランプ大統領はやることなすことうまくいかないので国民の目を外にそらせたい。そのためシリアを爆撃し、アフガニスタンに新型爆弾を落とし、北朝鮮危機を煽っている。目をそらせたいだけだからただのこけおどしで戦争する気があるわけではない。

ロシアとの不適切な関係がこれからも追及されていくとトランプ政権は窮地に陥る。そのためロシアとの関係を一時的に悪化させ、代わりに中国と手を結ぶ必要があるとトランプ大統領は考えた。それがシリア爆撃と北朝鮮危機を煽る理由で、私に言わせれば窮余の策でしかない。

ただしトランプ大統領のやり方は世界に衝撃を与えた。米中首脳会談の最中にシリア爆撃を行い、それを中国に見せつけてから北朝鮮の核ミサイル開発を抑止するよう要求した。何をやりだすか分からないと思わせるのがトランプ流である。一方これを見て世界は「馬鹿と鋏は使いよう」と考えたに違いない。

馬鹿を批判しても馬鹿にはそれが理解できない。馬鹿の言う通りにしてやりしかしこちらの利益になるよう誘導する。中国の対応はまさにそれだ。北朝鮮に厳しく当たる姿勢を米国に約束して「為替操作国」指定を免れ、報復関税も引っ込めさせた。そして中国が目指すのは最後は話し合いにもっていくことである。

これと対照的なのが日本の安倍政権である。安倍総理もトランプ大統領と同じく政権の先行きに不安がある。民進党がだらしないので支持率は下がらないが、森友問題は取り返しがつかないほど深刻で、さらに閣僚のスキャンダルも枚挙のいとまがない。

自民党内には「ポスト安倍」を伺う動きが出始め、国会審議の先行きも不透明になってきた。7月の都議選次第では自公関係に影響が出ることもあり得、次の選挙がどうなるか予断を許さない。選挙の目玉であったアベノミクスの効力も薄れた。

だから安倍政権は北朝鮮問題を煽って求心力を高めたい。内閣官房のホームページにミサイル攻撃からの「避難方法」を掲載し、御用評論家に連日テレビでありもしない米国の軍事行動の解説をさせる。しかし米国にできるのは「テロとの戦い」だけで、北朝鮮を軍事攻撃すれば必ず韓国への報復があり、世界11位の韓国経済がおかしくなれば米国経済の首も絞まる。

そうした戦争の現実を考えずに日本人は「戦争はいやだ」だけを繰り返してきた。そして米国の軍事力に守られることを平和の道だと考えてきた。その結果が、北朝鮮と戦争状態にある韓国よりも危機を騒ぎ立て、北朝鮮が日本と逆の方向にミサイルを撃ったという報道で交通機関が止まってしまうのである。

ここで戦後日本の何がおかしいのかを述べることにする。原因は朝鮮戦争から始まる。冷戦の始まりを告げる朝鮮戦争の勃発で、米国は二度と米国に歯向かえなくしようとした日本とドイツに再軍備を要求した。特に日本に対しては朝鮮戦争に参戦させようと考えた。アジアの戦争にはアジア人を充てようと考えたからである。

ドイツは再軍備に応じたが日本の吉田茂は平和憲法を盾に再軍備を拒否し、代わりに武器弾薬を作って米軍の後方支援を行うことを申し出た。平和憲法を作ったのは米国であるから米国はやむなく朝鮮半島に在日米軍を出動させ、公職追放していた軍需産業の経営者を呼び戻して武器弾薬を作らせた。日本経済は朝鮮特需に沸き、それが日本を工業国にして後に米国を脅かす高度経済成長を生み出すのである。

軍事で負けたが外交で米国に勝つと考えた吉田は、軍事負担を極力減らして経済を成長させるため、野党社会党に護憲運動を促し、憲法改正できないように3分の1の議席を常に与える仕組みを作る。中選挙区制では自民党候補の敵は別の自民党候補である。そのため社会党に3分の1の議席を与えることは可能であった。

社会党は過半数を超える候補者を擁立せず、常に3分の1の議席を目指すことになり、自民党が万年与党で社会党は憲法改正させないことだけを目指す政党になる。そして自民党は米国の軍事的要求に対し、社会党の反対を理由に断り続けたのである。それが日本経済の成長に寄与する結果を生む。

朝鮮戦争に勝つことのできなかった米国が次に行ったベトナム戦争でも韓国軍は出兵したが、日本の自衛隊は出兵せず、日本はベトナム特需でまた潤うことが出来た。自民党と社会党が表で敵対しながら水面下で手を握る政治を、米国は「絶妙の外交術」と呼んだが、冷戦の中では日本を東側に追いやることもできず、日本の言う通りになるしかなかった。

冷戦末期にはついに日本が米国経済を追い抜く一歩手前まで迫る。米国にとって日本経済はソ連以上の脅威となり、日本は米国の最大の仮想敵国になった。日本は軍事負担を米国に負わせ、それによって蓄えた経済力で米国を侵食し、失業者を作り出し、米国の富を吸い上げたと米国には見える。

それは冷戦構造によってもたらされた。しかしソ連崩壊によって「絶妙の外交術」の片棒を担いだ社会党は凋落し、また米国も中国やロシアと敵対関係でなくなったことから日本に軍事負担を強く要求することが出来るようになる。

かつて平和憲法は出兵を拒否する日本の口実となり、米国は改正を要求していたが、冷戦が終わってみると平和憲法がある限り日本は米国の軍事力に頼ることに気づき、しかも米国の経済的利益につながる。

日本に自立の機会を与える憲法改正と異なり、平和憲法を守らせていれば日本の米軍基地を永久的に使え、それによって世界一の負担金を米国は受け取ることができる。また中国と北朝鮮の脅威を煽れば日本に米国製兵器をどんどん買わせることも出来る。北朝鮮の脅威は米国の利益であり、北朝鮮の脅威がなくなっては困るのである。

そこで米国は平和憲法を守らせながらしかし日本が出兵できる方法を考える。それが集団的自衛権の行使容認である。それを安倍政権は成立させた。第一次朝鮮戦争では吉田茂が平和憲法を盾に参戦を拒否し、朝鮮特需で日本経済を潤わせたが、それとは逆のことが米国に可能となった。日本に米国製の武器を買わせ、さらに自衛隊を参戦させるのである。

米国の原子力空母カールビンソンと日本の海上自衛隊の共同訓練はそのための第一歩だと私には見える。米国は朝鮮戦争以来の日本の成功物語を全面的に覆す方法を安倍政権によって得ることが出来た。

吉田政権が作り出した平和憲法を盾に使う「絶妙の外交術」は冷戦構造の中でのみ機能した。冷戦が終わった時にそれに替わる政治構造を作らなければならないと考えたのが90年代に小沢一郎氏らが取り組んだ政治改革である。平和憲法を守るための万年与党と万年野党の構図を廃止し、政権交代することで日本が自立の道を探る道であった。

しかしそれがまだ道半ばのまま日本は米国の思うままとなり、危機を煽られれば簡単に洗脳されて大騒ぎする国になった。「戦争はいや」という「厭戦意識」だけで戦争を止めることはできない。戦争の現実を直視し戦争を止めなければならない時には「厭戦」でなく「反戦」の意識を持たなければ、平和憲法を守っていても平和を維持することなどできない。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:3月31日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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