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これでまた世界から馬鹿にされる日本

田中良紹ジャーナリスト

衆議院予算委員会の基本的質疑を見て恥ずかしくなった。安倍総理とNHKの籾井会長の発言に対してである。民主主義の原理を全く理解していない。外国人がこの発言を聞けば日本の民主主義のレベルの低さに呆れるだろう。日本はまた世界から馬鹿にされる。

予算委員会では自民党の中谷元衆議院議員が、アメリカ、イギリス、ドイツを視察して得られた秘密情報を巡る議会の役割について報告した。いずれの国も国民から選ばれた国会議員が情報機関や秘密情報の監視に大きな役割を果たしている。私が以前から指摘している通り、国民の税金を使って行政府が集めた情報はすべて国民に帰属するのが民主主義の原理だからである。

情報公開によって国民の利益が損なわれると考えられれば行政府が秘密情報を指定できる。しかしそのためには秘密の妥当性を監視する仕組みがなければならない。そして監視の仕組みの中に国民の代表である与野党の議員を入れるのが民主主義、すなわち国民主権国家の原理である。

ところが日本ではそうした議論がないまま「特定秘密保護法案」が強行採決された。そして採決された後で行政府内に監視機関が作られることになり、一方で超党派の議員団が昨年末に先進国を視察し、その結果を中谷議員が予算委員会で報告した。

視察された国々は法案が成立した後で日本の議員団が勉強しに来たことにさぞかし驚いただろう。先進国の事例も知らずに法案を成立させた国がある事を知ったからである。そしてその国の総理は「民主主義の価値観を共有する」と言って先進国に手を差し伸べるが、民主主義のレベルは「月とスッポン」だと思ったに違いない。

そこで予算委員会では民主党の岡田克也衆議院議員が秘密情報を監視する機関について安倍総理に質した。政府は「保全監視委員会」や「情報保全監察室」を政府内部に作ろうとしているが、特定秘密を指定するのは総理、そして行政府のトップも総理である。指定した人間が妥当性をチェックできるのだろうか。

日本は原発を推進する役所の中に原発を規制する組織を置いたためチェックが効かず、原発の安全神話を振りまいて深刻な原子力災害を引き起こした。その記憶も消えていないのに性懲りもなく同じ事をやろうとしているのである。

これに安倍総理は「私は国民から選ばれた議員の多数から選ばれて総理になった。行政府のトップではあるが、国民の代表のトップでもある」と答弁し、さらに「政権交代すれば総理は代わるのだからそこでチェックされる」と発言した。これを聞いて私は唖然とした。民主主義の根本が分かっていないのである。

読売新聞政治部に「多数決が民主主義」と書いた大馬鹿がいたが、日本の総理も同じレベルの無知蒙昧である。これが国際社会に発信されれば日本は民主主義を知らない野蛮国として侮蔑の目で見られる。

ヒトラーは選挙で国民の多数から選ばれて首相になった。しかしヒトラーの政治を民主主義と考える人間はいない。民主主義は多数から選ばれた意見を正しいと考えるのではなく、少数意見を尊重するところに基本がある。だから議会で与野党が議論を尽くし、少数意見を取り入れて妥協を図る。それが民主主義政治である。

また民主主義は権力を分散させる。国会議員の多数が選んだ総理を監視し抑制するのも国会議員の仕事で、権力の分散と抑止がなければ民主主義は民主主義でなくなる。ところが安倍総理は「自分は国民の代表のトップでもある」と言い、総理が秘密情報を監視すればそれで十分だという認識を示した。欧米がこれを聞けばヒトラーの再来と思うかもしれない。

ダボスでも日中関係を第一次世界大戦の英独関係になぞらえて欧米を驚かせたが、しかし安倍総理は今だに驚かれた理由を理解していない。「同行の日本人記者は問題にしていない」と言って平然を装う。日本人記者がまともな「歴史認識」を持たず、民主主義の原理も理解していないとは考えない。そうやって日本と欧米との「歴史認識」や民主主義の理解の溝が広がっていると私は感じる。

その日本の代表的メディアであるNHKの会長がこの日の予算委員会で醜悪な発言を繰り広げた。籾井会長は25日の就任記者会見で様々な暴言を吐いた。問題は数々あるのだがメディアが大きく取り上げたのは「従軍慰安婦はどの国もいた」という発言である。さすがにその部分は「私的な考え」として会見後に取り消した。

しかし問題はそれだけではない。民主党の原口一博衆議院議員は冒頭で「従軍慰安婦の話を今日は取り上げない」と言い、特定秘密保護法案について「通っちゃったんだから仕方がない」と発言した事、安倍総理の靖国参拝について「どうだこうだと言うつもりもないですよ」と発言した事、NHKの国際放送について「政府が右と言うものを我々が左という訳にはいかない」と発言した事などを取り上げ、「多様な見方を紹介して一方に偏しない」という放送法に違反するのではないかと質した。

ところが籾井氏は「従軍慰安婦の問題」が国会で追及されると思い込んでいたため、NHK職員から手渡されたペーパーを読み上げ、全くすれ違いのやり取りを演じた。しかもすれ違いに気付かず、「陳謝する。発言を取り消す。放送法を守ると言う。職責を全うすると言う」の四つだけを頭の中に入れていたようで、それだけを繰り返した。

これは国会を愚弄する答弁である。しかも原口氏が指摘した特定秘密保護法、靖国参拝、国際放送についての会見での発言は、いずれも放送法に違反すると思えるが、籾井氏は四つの言葉だけを頭に入れていたから、25日の会見内容をすべて「私的な考え」という事にした。

そうなると今度は記者会見を冒涜する話になる。公的な立場にある人間が公的な見解を述べるのが記者会見で、記者会見で述べた事は公式見解として記録される。私的な考えは個別のインタビューや懇談という場で述べるのが常識である。しかしこの人物はまるでメディアを理解していない。想像していた以上にひどいレベルだった。

籾井氏は全くのど素人だからこそ安倍政権によって会長に押しこめられた。余計な事は考えずに言われた通りにすれば良い存在と考えられている。それだけは本人も分かっているので就任会見で安倍政権に覚えめでたい事を言おうとして馬脚を現した。

これで日本を代表するメディアの会長が安倍政権のお先棒担ぎである事が世界中に知れ渡る。そして欧米は日本が異なる価値観で運営されている国である事を噛みしめる。それが日本の孤立化を招く事になると私は懸念する。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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