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尖閣問題とTPP

田中良紹ジャーナリスト

今月の7,8日に行われた米中首脳会談の直後「フーテン老人世直し録(10)」に尖閣問題とTPPに関する懸念を書いた。その後に首脳会談を巡るいくつかの情報がもたらされたが懸念は払しょくできない。日本の国益は米中の狭間に埋没していくのではないかと思わせる。

首脳会談直後の報道は、尖閣問題について中国の習近平国家主席が「国家主権と領土は守る」と主張し、米国のオバマ大統領は日中が外交的努力で解決するよう求めたというものである。これに対して菅官房長官は「日本の立場を踏まえて対応してくれた」と感謝の言葉を述べ、安倍総理は「日米は同盟関係にあるのだから米中とは決定的に差がある」と日米同盟の優位性を強調した。

しかし報道を素直に受け止めれば、中国が領有権を主張した尖閣問題について米国は「日中が話し合って解決してくれ、米国を巻き込まないで欲しい」と言ったのである。それを「日本の立場を踏まえた対応」とありがたがるのはどういう意味か。中国の公船による領海侵犯を米国が牽制してくれたと考えるしかないのだが、そうした報道ではない。

その後11日になって米中双方から流された続報は、7日の夕食会で習近平主席が尖閣諸島の領有権を「核心的利益」と表現したという情報である。複数のいる席で中国は米国に「絶対に譲らない」と宣言した。これに対してオバマ大統領は米国を巻き込まないで解決してほしいと言ったのだから中国の思惑通りで、これでは全く「日本の立場を踏まえた対応」ではない。

すると13日にオバマ大統領から安倍総理に電話があり、日米の政府筋は「日本が脅迫される事を米国は絶対に受け入れないとオバマ大統領が習主席に迫った」という情報を流した。つまり中国の公船が領海を侵犯したり、自衛隊の艦船にレーダーの照準をあてたりする挑発行為を大統領が強く非難したというのである。それは両首脳が二人だけで散歩した8日朝の出来事で、オバマ大統領は中国の「棚上げ論」にも乗らなかったとされた。

かたや救数が出席した夕食会、かたや二人だけの散歩での話だが、これで米国は日中双方の顔を立てた。初めに中国向けの情報を流し、次いで日本向けの情報が流された。米国はどちらにも組しない姿勢を改めて示したのである。そして同盟関係にある日本には日米同盟を補強する仕掛けも行われた。10日からカリフォルニア州サンディエゴで日本の自衛隊と米軍が合同で尖閣を想定した「離島上陸訓練」を行い、13日には米国の上院議員3名が議会に中国の挑発行為を非難する決議案を提出した。こうしたパフォーマンスで日本は日米同盟のありがたみを感じさせられる。

それでは米国の牽制によって中国の領海侵犯がなくなったかと言えばそうではない。13,14の両日に中国公船の領海侵犯は繰り返され、昨年の国有化以来、200日に及ぶ侵犯が数えられたと言う。問題は変わっていないのである。

米国は日中で解決しろと言うが、日本の尖閣領有権を認めない。中国は問題の棚上げを日本に認めさせようと強硬姿勢を続ける。領土問題は存在しないとする日本に中国との交渉はありえない。この三角関係の中で問題解決の糸口は見えない。

私は米国が尖閣諸島の領有権を日本に認めないところに問題の根源があると思っている。1952年のサンフランシスコ講和条約で沖縄も尖閣諸島も米国の施政権下に置かれた。そして72年の沖縄返還で沖縄は日本の主権下に戻った。しかし尖閣諸島は日本の主権下ではなく施政権下にあるとしか米国は言わない。尖閣近海に海底油田があると言われて台湾と中国が領有権を主張したからである。

そして1993年に就任したモンデール駐日大使は「尖閣諸島の帰属問題に日米安保は適用されない」と発言した。その後の米国は「日米安保は適用される」と変わったが、しかし巻き込まれたくないのが本音である事は今回の首脳会談でも繰り返された。こうして尖閣問題は常に突き刺さったトゲとなり、日本は米国にすがりつくしかなくなるのである。

今回の首脳会談でさらに私の懸念を増幅させたのはTPP問題である。習主席がTPP交渉の情報提供を求めると、オバマ大統領は了承したと言う。日本が提供を求めても参加を決めるまでは断られてきた情報が、参加するかどうかも分からない中国には提供されるのである。日本は今一度TPP交渉の戦略を練り直す必要があるのではないか。

TPPには二つの顔がある。通商交渉という経済的側面と中国包囲網という政治的側面である。TPPには自由貿易交渉を通じて中国に代表される国家資本主義を解体し、米国流資本主義で世界を覆う目的があると私は見てきた。米国から見れば日本も国家資本主義の片割れなのだが、最終目標である中国を取り込む前に日本経済をアメリカン・スタンダードに転換させ、その包囲網で中国に迫る戦略だと考えてきた。

ところが米国は日本が交渉に参加する前から中国に交渉情報を提供する考えを示したのである。これでは中国包囲網と言って日本を引き込みながら、最初から中国に特別待遇を与えるようなものである。この待遇の差はどこから生まれるのか。世界の経済大国でありながら、ひたすら米国にすり寄る国と、それをしない国との差ではないか。

間もなく開かれるG8でもひたすら首脳会談を求める安倍総理に米国はつれない姿勢を示した。日本はいつまですり寄る外交を続けるのか、これを見ていれば日本が米中の狭間に埋没する懸念は消えないのである。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3、4回程度(不定期)

「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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