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オセロゲーム

田中良紹ジャーナリスト

6日の新聞各紙は総選挙序盤の情勢として自民党の大勝を予測した。それがそのまま選挙結果になれば、国民は消費増税と原発再稼働、そして憲法改正を容認した事になる。民主主義政治は「民意」に逆らえないから、政治は必ずそのように動く。

一方で消費増税と原発再稼働についての各種世論調査を見ると、国民は必ずしもそれを望んでいるように思えない。もしこちらが本音だとすると、国民は望まない政策を選挙で選び、本音とは異なる方向に国家を動かす事になる。なぜそのような事が起こるのか。

この数年の選挙を見ていると国民は選挙でオセロゲームをしているように見える。09年の郵政選挙では自民党に296議席という大量議席を与え、公明党と合せて衆議院の3分の2を超える巨大与党を誕生させた。本来ならば政治は安定するはずである。しかし現実はそうならなかった。

2年後の参議院選挙で自民党が大敗し「ねじれ」が生まれた。「ねじれ」が原動力となってその2年後の衆議院選挙で民主党が300議席を超す与党となり政権交代が実現した。巨大民主党の誕生で自民党時代と異なる政策が実現するかと思えば、翌年の参議院選挙で国民は民主党を敗北させ、再び「ねじれ」が生まれて民主党政権は立ち往生した。

そして今度また自民党が大量議席を獲得しそうだとメディアは予測しているのである。メディアはマニフェスト選挙をもてはやすが、本当に国民は政策を理解して投票しているのだろうか。メディアが政策を羅列して解説することにどれほどの意味があるのか疑問である。

09年の郵政選挙は「郵政民営化」という政策を唯一の争点にしていた。まさしく政策を選ぶ選挙だった。しかし国民は「郵政民営化」という政策を本当に理解していたとは思えない。小泉政権に「改革の一丁目一番地」と言われ、「改革」という言葉に踊らされただけではなかったか。

冷戦後のアメリカは「年次改革要望書」によって日本を国家改造しようとした。「郵政民営化」はアメリカから要望された国家改造の一環である。ヨーロッパ型の福祉国家を目指してきた日本を、アメリカは自分と同じ競争社会に変えようとした。

アメリカ人は「福祉は悪」と考える。個人の自由を何よりも優先するからだ。国家に面倒を見てもらえば個人の自由は制約される。国民健康保険制度に反対し、オバマ大統領を「社会主義者」と非難するアメリカ人が多いのは、それがアメリカの伝統的価値観だからである。日本の価値観とは真逆と言える。

しかしアメリカは自らの価値観を正しいと信じている。その価値観を世界に伝道し世界を改造しようと考えている。アメリカが言うグローバルスタンダードはアメリカンスタンダードである。改造は「弱い環」から始められる。「弱い環」とみられた日本が標的にされた。そうした背景を09年の選挙でどれほど議論されただろうか。些末な政策的議論によって国民は「目くらまし」に遭ったのではないか。

「郵政民営化」を支持すれば当然ながらアメリカのような「弱肉強食」にさらされる。「改革」という言葉に踊らされた国民は間もなく悲鳴を上げた。あの選挙で国民が「郵政民営化」を選ぶなら、己の価値観を変える覚悟を持たなければならなかった。それは議論され理解されたのだろうか。

国民が大量議席を与えた小泉政権の経済理論は「トリクルダウン」と呼ばれるもので、大企業を優遇して経済成長を図り、大企業が豊かになれば、その富が国民にしたたり落ちるというものである。ところが現実はしたたり落ちてこなかった。格差だけが拡大した。

そこで07年の参議院選挙で安倍政権は「成長を実感に」というスローガンを掲げ、国民に「もう少しで豊かさを実感できるようにします」と訴えた。これに対して小沢一郎氏率いる民主党は「国民の生活が第一」のスローガンを掲げ、「政治は生活だ」と言った。すると国民は民主党を大勝させた。しかしこれも国民が本当に民主党の政策を理解して選んだか疑わしい。

民主党の政策は「トリクルダウン」の真逆である。大企業を優遇しても国民の所得は増えず個人消費は伸びなかった。デフレは個人消費の冷え込みが原因である。そこで民主党は政府の金を国民に戻しデフレを解消しようとした。アメリカのレーガン大統領の減税政策と同じ考えである。

それが「子ども手当」や「高校の授業料無償化」のマニフェストになった。ところが自民党がそれを「バラマキ」と批判すると国民はそれに同調した。これがバラマキならレーガン政権以降アメリカの政権が常に掲げる減税政策もバラマキになる。国民は消費が拡大して経済が成長すれば税収は上がりいずれ財源も出てくるとは考えなかった。

民主党の政策を国民が理解して小泉改革と真逆の政策を本気で実現させようと思えば、次の参議院選挙でも民主党を勝たせなければならない。「ねじれ」になれば政策は実現不可能になるからだ。ところが国民は参議院選挙で民主党を敗北させ「ねじれ」を作った。だから本当に民主党の政策を理解して政権交代させたとは思えない。

衆議院選挙でどれほど大勝しても、次の参議院選挙に敗れれば「ねじれ」で政権は行き詰まる。行き詰まればオセロゲームのようにすべてがひっくり返る。これが繰り返されてきた。だから自民党が今度の選挙に勝利するのは当たり前である。しかしそれが自民党の政策を支持した事にも安定した政権を作る事にもならない。

選挙には「次点バネ」があり、前回の選挙で惜しくも落選した候補者は次の選挙に強い。それが選挙予測に現れただけの話である。つまり国民は政策を選ぼうとしていない。個人を選ぼうとしているのである。

その現実を見ようとせず「選挙は政策」だとメディアが叫べば、国民が望んでもいない政策に大義が与えられる。やはり国民はメディアで繰り広げられている政策論議を「目くらまし」と見て頭の中から消し去り、自分の生活感覚を研ぎ澄ます方が良い。そして世の中が良くなっていると思えば3党合意の民自公と自民の補完勢力である日本維新に投票し、良くなっていないと思えばそれ以外の政党に投票する。顔も名前も知らない候補者で構わない。それが政策を選ぶ選挙に最も近い。

むしろ国民はオセロゲームの馬鹿馬鹿しさに気付くべきである。どちらの政党の政策が良いかなどと考えるより、オセロゲームが起きてしまう政治構造を変えないと不毛の政治はいつまでも続くことになる。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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