■希望をもってひきこもろう

新型コロナウィルスに関して、注意しなければいけないのが、その報道のシャワーを浴び続けていると、それを見ているこちらが鬱っぽくなってくることだ。

これは、かなり煽り気味の地上波テレビニュースはもちろん、新聞や雑誌にも当てはまる。

また、こうしたメディア報道を批評的に監視するSNS投稿(TwitterやFacebook)も同じで、日本のメディアの偏向さ(海外比較をしない、他のウィルスとの比較をしない等)をいかに冷静に分析する投稿であろうとも、それらを連続してみているとこちらが鬱になってくる。

特に注意しなければいけないのが、SNS上のヒロイックな投稿で、いかにも客観的に現状を分析し政府対応を批評的に嘆いていたとしても、その嘆きそのものが「鬱光線」みたいなものを発し始め、読み終わったあとはこちらの気分が重くなる。

これは別のテーマでも言及した「透明な立ち位置」の問題でもあり(「透明」になって傷つける)、自分はおいしい位置(批判を逃れる「透明」なポジション)に立ちながら客観批評を行なっているものの、そのポジションに居るということ自体が何かから逃げており現状を肯定することに結果としてなっている。

そうした「透明さ」に対してこちらは徐々に不信感を抱き、鬱にさせられてしまう。

おっと、かく言う僕も、もう10行以上も今の事態を分析することで「透明」なところに立ってしまった。

僕としては、いま一番言いたいことを、僕の得意分野のひとつ(ひきこもり支援)に触れつつ発信してみよう。

それは、希望をもってひきこもろう、ということだ。

■「外出」が人を支えている

僕が経営する小さなNPOでは、10年間ひきこもり体験をし、今は45才(たぶん)になった鈴木くんという人が正規スタッフで働いている。

鈴木くんは、当欄でも度々とりあげる「高校内居場所カフェ」の現場責任者であり、会計ソフトfreeeもいつのまにか使いこなせるようになったバリバリの元ひきこもりだ。

とはいってもひきこもりメンタリティはきちんと保持していて、休みの日などは終日家でゲームをして楽しんでいるという。

鈴木くんは実は僕の元クライエントで、何年か前に、僕の法人の事業のひとつに急に欠員が出て困っていたところ、ちょうどアルバイト仕事の谷間で彼に時間ができたため、僕の仕事を手伝ってもらったのであった。

で、この前その鈴木くんと話をしていて妙に盛り上がったのが、

「ひきこもりには自宅待機なんて当たり前、というか、むしろ楽しいぞ」

ということだった。

今回のウィルス騒動でよくわかったのが、「外出」が人を支えている、ということだった。レジャーはもちろん、児童虐待やDVから避難するためにも「外出」は人々にとって必要なのである。

後者の虐待等に対しては、福祉システムの未整備という重大問題に移行してしまうのでここでは深入りしないが、前者の「レジャー=外出」というのが、多くの人々にとっては普通らしい。

虐待はなくとも、エネルギーの塊である子どもたちにとっても、「外出できないこと」は苦痛だろう。

■希望を持ってStayHome~ひきこもり

が、こうした多数派の人々とは逆に、ひきこもる人々にとっては、家のなかでいろいろ工夫して生活するのは当たり前のこと、慣れている人(中には10年ひきこもる人もいる)にとっては、どのテレビ番組を見てどのゲームをして、家族がいない時間に台所で何を食べて何を飲んで、また運動する人は腕立て伏せを何回して等、そうした家での生活をすることに慣れっこになっており、時々焦ったり鬱になったりはするが、慣れてくると「ひきこもりライフ」を淡々とこなしている。

鈴木くんも 20代の頃は10年ひきこもっていた。

文字で書く「ひきこもり」そのままの生活ではなく、周辺のコンビニや駅等を出歩いて「ジャンプを拾ったり」して家で読む生活でもあった。

厚労省の調査では、90%以上がこのような「外出可能型ひきこもり」でもある。

僕も20年以上ひきこもり支援をしてきて、鈴木くん的な人とは何人も会ってきたので、「家で過ごすこと」をポジティブに考える癖がすっかりついてしまった。たぶん僕もひきこもり体質なのだろう。

だから、自宅待機や自粛要請はどこ吹く風、家にひきこもれて楽しいじゃないか的、鈴木くん発想はよくわかる。

そんな、自宅待機=ひきこもりをポジティブに提起したいという僕の思いを汲み取るように、シンディ・ローパーがこんな動画をアップしている。

おそらくシンディの自宅で、iPhoneのカラオケをバックに撮っている。公式ページで無料公開している(つまりは無料で視聴者をエンパワメントしたい)。関心ある方は以下に飛んでみてください。

シンディ・ローパー、自宅で撮影した「Hope」のパフォーマンス映像公開

曲名はHope。少し前に皮膚疾患で苦しんだシンディが、自分の体験をもとに書いた曲だという。

それを、自宅待機を強いられるニューヨーク市民たちに向けて歌っている、おそらく自宅で。

ハッシュタグは #StayHome と、 #WithMe。

わかっているじゃないか、シンディ。透明なポジションから嘆くことでもなく、変更したデータで脅すことでもなく、非専門家であるほとんどの我々ができることは、あまり難しく考えずに、誰かといっしょに希望を持ってStayHome~ひきこもりすることだ。

僕自身、これはチャンスだと思って、「共同親権」に関する資料を読み漁っている。特に、80年代フェミニズムが招いた単独親権肯定と「子どものオブジェ化」について、この機会にいろいろ読んでいる(近々当欄にこのテーマで書きます)。これも、いくつかの講演がキャンセルになり、珍しく時間ができたおかげだ。

つまり、やっと、ひきこもりが社会に役立つ時がきたようだ。