「パプリカ」〜インターナショナルスクールで「いじめ」の哲学カフェをする

■インターナショナルスクールで「いじめ」をテーマにして「哲学カフェ」

いろいろご縁があって、大阪の某インターナショナルスクールで「いじめ」をテーマにして「哲学カフェ」を僕は行なった。

対象は、小学1〜6年生の約90名。「いじめ」をテーマにしたのは、生徒の代表から提案があったから。生徒(児童)を直接対象にして「いじめ」で哲学カフェするというのは、通常の日本の学校であればそこに普通に「当事者」が含まれるため危険なのだが、どうやらインターナショナルスクールでは表面的には当事者はあまりいないらしい。

哲学カフェの場の中で、多少レアないじめエピソードが溢れ出たとしても、被害者の琴線にダイレクトに触れてしまうという危険性は少なそうだ。哲学カフェにより子どもたちを傷つける可能性は低い。

だから、僕は思い切ってその仕事を引き受けてみた。

事前の先生たちとの打ち合わせで、最初の20分は各自がもつ「いじめ」のイメージ、休憩を挟んで後半の20分は「いじめ」を縮減するにはどうしたらいいか、を話し合うことにした。

90名の児童といっても、5〜6年生の20名程度が僕のまわりに座り、4年生以下は少し離れたところに座ってもらうことにした。僕と直接やり取りするのは、20名程度の5〜6年生だ。

■「いじめ」の印象

インターナショナルスクールなので、先生は外国人の方が大半、そこで流れる言葉は英語が中心だ。子どもたちは日本人も半分は含まれるが、集団の雰囲気は日本の学校風のそれではない。英語やダンスやリズムを通したコミュニケーションを中心とし、それでもかなりの統制が図られている。

その「コントロール」は日本の学校の「管理」のイメージではなく、英語のリズムによってなんとなく流れに乗せられている、といった感じだ。

僕はその感じが心地よく、5〜6年生相手に、「いじめ」の印象を聴いていった。

20分ではあったがたくさんの意見が出された。

いじめられる側の言葉をどうしたら聞くことができるか。そうした言葉を語ることができるのか。教師に何ができるか、教師に訴えることの意味とは。人間はそもそもいじめる存在ではないのか。そうだとしたら、いじめを根絶することは可能なのか。

ウソではなく、こうしたハイティーンレベルの問いが小学5〜6年生から出された。なかには、いじめ被害者の児童もいただろうが、泣いたりすることはなく、一生懸命自分の言葉で語ってくれた。

わりと、前半だけでも「問い」は出された。

■「いじめを減らしていくにはどうすればいいのか」

後半は、前半で出された各自の「いじめ」観をもとに、では、そうした「いじめを減らしていくにはどうすればいいのか」という問いについて子どもたちが語った。

まずは、「ペナルティ」「罰」の必要性が提案された。いじめを行なったものはその事実を履歴書に書いて就職が不利にすればいい、という意見は実にプログマティックだ。繰り返すが、小学5〜6年生からの提案だ。

後半になると、輪の外にいる1〜4年生からも意見がたくさん出てくるようになった。そのなかにはやはりペナルティの提案が含まれていた。おそらく(小学)3年生あたりからの提案だろうが、倫理的制裁を議論する子どもたちにはやはり「力」を感じる。

僕がだいぶリードしたとはいえこれは哲学カフェだから、一定の結論があるわけではない。

だが、5〜6年生を中心に、ペナルティはもちろん、いじめ被害者による言葉による意思表明が強く提案された。いじめを受けた者は、できるならばそれを言葉でシェアしたらいい。シェアできればいいというまっとうな提案だ。

時間もだいぶ迫っていた。90名のなかには、1年や2年の子どもたち幼児たちも含まれる。そろそろ潮時で、まとめなければいけない。

だから僕は、「プロテスト(抗議)」はスピーチだけでなくてもいいんじゃない? という提案をした。

■うたというプロテスト

具体的には、それは、

うた

であってもいい。また、

楽器演奏

であってもいい。また、

イラストや絵

であってもいい。また、

ダンス

であってもいい。また、それらすべてあるいはそれらのいくつかを合わせてアレンジしたものであってもいい。言葉によるプロテストがなかなかできにくい君たちのような年齢の人間は、うたや楽器やイラストやダンスで、そのくやしさやかなしさを表現してもいいのではないか。

たとえばあの「パプリカ」のような、歌とダンスで、いじめを受けた苦しさを表現してもありなんだよ、と。

「パプリカ」と言った時子どもたちから笑いが漏れた。それは、「パプリカじゃ無理だろ、先生」的メッセージに溢れていたが、いやいや、パプリカができれば十分だよ、と僕は眼と身体で応えたと思う。

インターナショナルスクールで哲学カフェする僕
インターナショナルスクールで哲学カフェする僕