当事者を笑ってはいけない~ロバート秋山氏の表現

■だから彼女たちは「オール」する

僕は最近のお笑いに詳しくはないが、ロバートというお笑いコンビのおそらくリーダーであろう秋山氏が、おそらく仁藤夢乃さんが中心のNPO法人colaboの活動を皮肉った動画をネットに掲載しているということで見てみた。

仁藤氏の活動はご存じの方も多いと思うが、主に下流階層の10代女性への直接的アウトリーチ支援だ。最近では、『TsubomiCafe(ツボミカフェ)』と名付けたバスを新宿や渋谷で走らせ、食事提供など直接的に10代女性を支援している。

僕は素晴らしい活動だと思っている。虐待サバイバー女性高校生への支援を通して、こうして家に帰りづらいハイティーン女性は現実にたくさん存在することをここ8年で僕は知った。

そんな、冬であれば寒くて仕方ない、またくだらないオヤジたちがたむろする町中に、10代女性は誰も夜中にうろつきたくはない。

けれども、そんな最低の街よりも、もっと最低な場所がある。

それが自分の家だ。

だから、彼女たちは、街中や近辺の公園で「オール」する。そのオールの最中に危険な罠がたくさん待ち受けていることは重々知っている。

■直球でルポルタージュすべき

添付した動画をあらためて見てみよう。

キヨちゃん先生が少女たちを救う!1

なんとも中途半端な動画だが、ロバート秋山氏が奮闘する割には僕はまったく笑うことができない。

これのモデルであろう、仁藤夢乃氏ももちろん笑うことなどできず、怒っている。その怒りを仁藤氏はFacebookほかで表明している(ひどい気分

どうだろう、この動画で笑えるか?

どうやら現代社会の皮相を描くのが秋山氏の持ち味のようだが、残念ながら笑うことはできない。皮相を表現するのであれば、直球でルポルタージュすべきだ。

また、こうした社会問題が背負わざるを得ない「ポリティカル・コレクトネス」(政治的正当性/ポリティカル・コレクトネスから人は離れる)に対する批評という面でも、その域には達していない。

■僕はそんな人たちはきらい

また、何より、この動画は「当事者」を笑っている。

当事者を笑うことはできない。なぜならそれはまったくの権力をもたない弱い存在だから。

チャップリンの「独裁者」を今さら持ち出さなくてもいいだろうが、「笑い」は極めて批評的要素をもち、「権力」を小パカにするに適した手法である。

だから日本の笑いも、具体例はいちいちあげないけれども、つい最近まで大きな権力を小バカにし続けてきた。笑いは、ロックミュージックと同じくらい破壊力をもつ文化なのだ。

お笑いが向かう先は、古典的「権力」のはずだ。それはヒトラーであり(チャップリン)、それぞれの国における時代ごとの権力者だ。

だがそこには向かわず、(主として虐待サバイバーである)10代の女性を題材とする表現がある。

それをあなたは笑えるか? 笑える人は、皮肉だが、弱い者をあげつらうことが「ヘイト」などという生やさしい表現で許されている現代を享受する、生やさしい人々だろう。

僕は、そんなヘイトする人たちはきらい。