もう「就労」はやめて、「専業主フ」かボランテイアでいいだろう?~ブラック支援者を超えて

■いまだに「就労支援」

日本社会の問題のひとつが「高齢ひきこもり」であることは間違いない。

それに対して政府は、いまだに「就労支援」を提示する(就職氷河期世代、国が就業支援 不安定な仕事から脱却を)。

ひきこもりの原因はもはや不登校ではなく、ブラックな就労環境であるとこの頃は指摘される(「中高年ひきこもり」を生み出すブラック企業 調査でも鮮明に)。

そう、ということは、40才になって「若者サポートステーション」(この「若者」自体がアイロニカルである)の支援を受け就労できたとしても、ブラック企業により、再び鬱やひきこもりに追い込まれる。

僕はそんな人達の支援を長年してきたが、このような「ブラック企業鬱/ひきこもり」は恐ろしく、深刻なPTSDを生み出す。

たまたま就労できた企業がブラックでアンラッキー、とはなかなか言えない。

ブラック職場の上司や同僚による怒鳴り声やいやがらせは、被害当事者へ一生もののトラウマを刻印する。それは、小学校にはびこる「集団いじめ」級のインパクトがある。

とにかく、ブラック職場(それは我々の日常に蔓延する)は恐い。それを原因とするPTSDはしぶとく、その刻印は一生に渡って当事者に襲いかかる。

■多くの「元若者」が、現実的には再びひきこもる

新自由主義を信奉する現在の政府は、こうしたブラック職場現場の恐ろしさへの想像力がちょっと薄いのだろう。

まあそれはそれで仕方ない。現代の保守政権とはそんなもので、保守政権的には、ここ30年世界を支配する新自由主義に乗らない手はない。選挙による支持も続いている。

ここでは国の政策を云々するというよりは、新自由主義的政策の結果生み出された下流層の中心に位置する若者層が社会参加しにくい現状を指摘している。

相変わらずの「若者」就労支援の結果、その支援に乗れない多くの「元若者」が、現実的には再びひきこもるだろう。

いまでも、若者サポートステーションにやってくる若者たちのほとんどは、その就労支援サービスに乗り切れず再びひきこもっている。

その現象が、対象を40才以上にしたとしても反復されることはほぼ予想される。

おおらかな就労支援を通過したとしても、40才の元若者たちが臨む就労現場は、つまりはブラックなのだ。そのブラック職場は、我々がよく知っているあのサービス業やファストフードだったりする。そこの店長の性格や疲れ具合で、簡単にそこはブラックになる。

■ブラック支援者

だからもういいんだよ。

ユーモアのなか、地道に育ててくれる職場環境がそこにはないとき、そんなブラックなところで働く必要はない。人生は一度きり、それが、しょーもないブラック職場によって鬱に追い込まれてしまうほどアホらしいことはない。

だから僕は、「専業主フ」をおすすめする。人によっては、ボランティア生活もありだろう。

くだらない「ブラック職場鬱」になるよりは、高齢化した親を支える専業主フがはるかに美しい。また、それなりの社会参加がしたければボランティア活動をすればいい。

親が亡くなったあとは親の貯金を食いつぶし、親が支払ってくれた国民年金を受給しながら(親の存命時に土地付き自宅は売り払う)、貯金が尽きた頃は、国民年金では生活できない生活費を生活保護でフォローする。

犯罪的なブラック企業に放り込まれるよりは、はるかに「健康的」な生き方だ。

こうした提案には、意外に支援者たちが抵抗を示したりする。逆に、当事者や保護者は安心する。特に、80才をすぎた保護者たちは笑みを浮かべる。

それでいいではないか。

ブラック企業の恐ろしさを知らない支援者こそ、ブラック支援者だ。