公務員の再構築~山本太郎氏は「スピードと節約」を嫌悪する

■戦闘的NPO

大きくなったいまの一部のNPOは戦闘的で、自分たちが邁進する事業を現実化するために多くの人を傷つけているようだ。

それは「子どものため」と言いながら、結果としては当事者たち(子どもや大人)を傷つける。

その傷つきは何年にもわたって続き、つまりそれはPTSDになっている。

事業自体は新自由主義色の強いものになってしまう。現在、ヨーロッパを中心として「再公営化Reclaiming Public Services」(再公営化という選択 世界の民営化の失敗から学ぶ)が求められているものの(ちなみに山本太郎氏はこの流れ)、日本は再公営どころか水道事業の民営化等、その新自由主義は止まらない。

その、「止まらぬ新自由主義」の末端に、有力NPOは位置する。

本来であれば、ヨーロッパリベラリズムの具現系であるNPOたちは、行き過ぎた新自由主義をストップする立場にある。

たとえば「保育」ジャンルであれば、公園を潰して民営保育園を増設するのではなく、公立保育園の質をたかめる動きをプッシュするのがアンチ新自由主義の動きとなる。

それが、東京の某区を筆頭に、公園が民間保育園化する。推進派NPOは、あちこちに保育園ができ待機児童が減ることはよし、とする。

その動きの中に、機動性のある小規模な民間保育園があることを何ら疑問に思わない。園庭がないこと、その結果として近くの公園に出かけること、そのなかで交通事故に巻き込まれてしまうリスクは二次的なものになる。

■新自由主義のリアル

待機児童を減らすために、公立保育園を増設するという発想ではなく、機動力のある小規模民間保育園をたとえ園庭がなくなろうが増やそうとする。そのほうが規制の多いそのジャンル(ここでは保育)の堅さを突破するには有効だと考える。また、予算的にも人件費を中心に節約できる。

スピード+節約、これのどこが悪い?

と考えて動くことが、まさに新自由主義ということである。この「節約」には、行政の予算節約が含まれる。具体的には公務員の人件費削減に寄与できる。

それのどこが悪い?

こう考えると、新自由主義NPOに至る源泉は、旧来の堅い行政システムにあると思う。

煩雑な手続きに融通のきかない仕組み、紋切り的に17時で終わってしまうシステム、市民ファーストではなく公務員ファーストなその仕組みに、70年代イギリスだけではなく2010年代ニホンも飽き飽きしている。

だからこれは、行政改革と表裏一体の問題なのだ。

■二交代制は?

僕の知り合いの公務員(係長級)は、「行政は最大のNPO」と言い切る。

やりようによっては、行政こそが市民ニーズを満たすことができる。知り合いはまだそここまで言わないものの、たとえば公務員の二交代制(9:00~17:00、15:00~23::00)なども考えてもいいと僕は思う。

現に、国公立病院の看護師は当たり前のように三交代をこなしている。看護というミッションとコンセプトが、当たり前のように彼女らを動かし、労働組合もそれを後押しする。

つまりは、NPOのいたらなさを批判することは、公務員のあり方の再構築を提案することと表裏一体なのだ。

再公営化Reclaiming Public Servicesとは、単に水道事業の再公営化、青少年支援の再公営化を求めることではなく、「Public Services」を再構築することでもある。

そう考えると、単なるNPO批判ではつまらない。ここ30年に渡って新自由主義の名の下にサボることができたPublic Servicesの再構築の時が来ているということだ。

もう、園児たちが事故や事件に巻き込まれるニュースは聞きたくない。あなたもでしょう?