君は屋上に行く?~9月1日が、18歳以下の自殺の半数以上を占めることについて

■僕をわかってほしい、ということだった

僕はね、17才の頃、毎日のように高校の近くのマンションを見つめ、その屋上から飛び降りようと思ったよ。

まあそれはそれ。

今の18才以下の若者は250人が自殺して、そのなかの131人が9月1日に死ぬそうだ(「平成29年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」 ※  日本の児童・生徒の自殺、過去30年で最多に)。

僕がこのニュースを聞いて、普通のメディアが驚くほど「250人」は多いとは思わなかった。子どもの自殺率としては世界最多だそうだけど。

僕が驚いたのは、250人のうち、半数以上の131人が2学期というか「学校」のリスタートのある種の象徴である9月1日を選んでるってことだ。

それはある種のレジスタンス(反抗)なんだろうか。

君は、反抗の意味で死ぬのだろうか。

僕はそうだなあ、大人や社会に対して怒ってはいたが、その反抗にはあまり意味はないと思っていた。

僕が思っていたというか願っていたのは、

僕をわかってほしい

ということだった。君はどうだろう? 

■布団の中でひきこもったらいい

僕が若い頃(40年も前だ、お恥ずかしい)、大人のほとんどは腐っていた。僕はいまはすっかり大人になったが、そんな僕も含めて、

いまの大人はあの頃の大人以上に腐りきっている。

なんでだろう? なぜ大人になると腐ってしまうのか。その腐った大人たちが腐りきった社会をつくってしまうのか。

すでに腐った大人の一人である僕には、わからない。ただ僕としては、

「9月1日に死ぬな」

とは、イマイチ自信がなくて言えない。ただ、どれだけ大人が腐っていたとしても、若い人たちが死ぬのを聞くのは寂しい。自殺の意図は尊重したいが、

まあ、消えるのは少し早いよ

と言ってみたい。死ぬくらいなら、布団の中でひきこもったらいいと思うよ。

■全国の131人の君たち、君は9月1日に屋上に行くか

全国の131人の君たち、君は9月1日に屋上に行くか? あるいは麻ひもを買って家のどこかにそれを吊るす場所を探すか? 

僕は17才の頃、行ってはみたけれど、ビルから飛び降りるまではできなかった。それは単にビビることができるほど余裕があったからだけど、余裕がない君たちは、やっぱり9月1日に決行するのだろうか。

君がいまそういう思いをもつことは、実は、50才くらいのおばさんおじさんになった頃、味が出てくる。

また、君に本気で死んでほしくない、と思っている身近な大人も1人か2人は存在する。

また、本当に死んだとすると、本当に悲しむ友だちというか知り合いは1人か2人は存在する。

まあ、そんなありきたりなことはどうでもいいなあ。

赤ちゃんが虐待で殺される。事故死に遭う。10代が急性の白血病に襲われる。事故死に遭う。20代が誰かに叩かれて死ぬ、事故死に遭う。60代が親戚に殺される、事故死に遭う。70代が配偶者に殺される、事故死に遭う。80代が医療過誤に遭って死ぬ。事故死に遭う。

君が思う以上に、人は思いがけず死ぬ。僕も17才の頃にビルの屋上に登った。そして下を見た。

でも死ねなかったなあ。それはなぜだったんだろうと今も思うが、その後偶然に友だちと出会い恋人ができ、リジッド(堅い)な社会や大人たちとたたかう仕事を30年続けることができた。

まあ、つまりは、結果オーライだなあ。