若い支援者たちのパレーシア~高校生支援の臨床哲学

■大阪府立西成高校の「となりカフェ」と、神奈川県立田奈高校の「ぴっかりカフェ」

昨日8月3日、日本大学にて「居場所カフェが教育を変えていく」という150人規模の大きなシンポジウムが開かれ、僕も参加した。

当欄でも時々取り上げる高校内居場所カフェは現在全国の40校程度の高校で開催され、メディアでも時々取り上げられる。

昨日は、「元祖居場所カフェ」である大阪府立西成高校の「となりカフェ」関係者(2012年よりスタート)、そこから2年遅れて開始した神奈川県立田奈高校の「ぴっかりカフェ」関係者、加えて先進的に居場所カフェを研究する大学教授らも加わり、3時間に渡って熱心な報告と議論と語り合いが繰り広げられた。

そのチラシも添付しているのでご参照いただきたいが、ここにある「現場トーク」という30分の終盤のコーナーが、僕のシンポジウム体験史上、最も深く問題に切り込んでいくものになった。

そこに至る2時間半も、研究者やベテラン支援者(僕はここ)らが熱く、熱心に報告・議論した。それらを受けて、シンポジウムのクライマックスは、となりカフェとぴっかりカフェの現場を支える若い支援者の女性が3人ステージに並んで座り、訥々と語るものだった。

はじめは、となりカフェとぴっかりカフェの創設のエピソードや維持する上で気をつけていることなど、通常の話題だった。時にユーモアも絡めつつ、男性ジェンダーではなかなか醸し出せない、柔らかな雰囲気で進行していたと思う。

そして話が徐々に深まっていき、これまで支援してきたことを振り返り、高校中退してしまった高校生たちに触れる展開となった。

すると、3人の1人が言葉に詰まった。そしてゆっくりと表情が崩れ始め、静かだが胸のそこから響いてくるような嗚咽の声をマイクが拾った。

続けて、もう一人の女性支援者もその嗚咽をフォローしようとしてマイクを握ったものの、同じように何かに囚われたように目に涙を浮かべた。

■自分は支援者として今ここにいる

どうやらその2人は、これまで支援してきた高校生を思い出し、力及ばず中退となった、高校生たちの映像に囚われているようだった。そこには後悔と、無力感と、また同時に、それら当事者たちとの交流の体験にに支えられている現在の支援者としての自分に対する、自信のなさと、何とかここまで自分は来ているという小さな達成感も見てとれた。

自分は支援者として今ここにいる。ステージに上がり、居場所カフェの「現場トーク」を語る。その支援者である彼女らを語らせるものは、高校をやめていったあの高校生たちだ。そのやめていった若い「他者たち」が、いまの自分たちをつくりあげている。高校をやめていった若者たちの何重もの声と、その笑顔の映像が瞬時にして若い支援者たちを捉えてしまった。

やめた高校生たちの声と笑顔に捉えられた若い支援者たちは、まさに「時間の蝶番(ちょうつがい)が外れた」(シェークスピア/ドゥルーズ)かのように、ステージ上で10分以上の「蝶番の外れた時間」を漂っていた。

その時、まさに、彼女たちの記憶のなかで、失った若者たちに対してなんらかの語りかけをしていたのだと思う。それはM.フーコーのいう「パレーシア」(「真の生」開く哲学、ソクラテスに探る)だと言っても構わないと僕は思った。

すべて包み隠さず、記憶の中の若者たちに許しを請いながら、高校内居場所カフェという新しい取り組みにそれでも向かい続ける。

記憶に語りかけるその瞬間、不思議なことに、僕には「支援者/被支援者」の両者が構造的に持つ権力関係(支援者が権力側に位置する←これまたM.フーコー『性の歴史I』)から、彼女たち若い支援者はすり抜けたように映った。その、記憶の中の高校生に向かう姿は、できるだけ対等で、水平な面に立っているように思えた。

■会場中で時間の蝶番が外れていた

時間の蝶番が外れてしまった、ハムレットの困惑を引き戻したのは、外れた時間の中に漂いつつ先の2人と同じく目に涙を溜めていた3人目の若い女性支援者だった。

その時、実は会場中でもらい泣きしている人が多かった。僕もじんわりと目に涙が浮かんでいた。つまり、会場中で時間の蝶番が外れていた。

だが3人目の女性支援者は、2人の先輩たちに果敢にも問いを投げかけ、そうすることで2人の先輩を通常の時間に戻そうとした。

それは意識的にしたものではないと思う。あえていうと、これまたやめていった高校生たちの記憶がその3人目の支援者に対して「そろそろ戻ってもいいよ」と語りかけたのだと僕は思う。

その記憶からの語りかけの力により、3人目はまず最初に通常の時間に戻り、ほかの2人も徐々にこちら側の時間に戻ってきた。

そして、3人に笑い顔も見られるようになり、規定の30分がたち、シンポジウムは終了を迎えた。

他者の記憶が、若い支援者たちを捉え、時間の蝶番を外してしまった。その奇妙な時間から、若い支援者たち自身の力で通常の時間に帰ってきた。記憶に囚われていた間、彼女ら若い支援者は、まごころをもって記憶の中の高校生たちと語り続けていたと思う。それは単なる謝罪でもなく説明でもない、涙という真摯な語りかけだ。

昨日のシンポジウムは、これら一連のスペクタクルな展開を(客観的には10分ほどの静かな時間)、貧困や虐待問題を多く抱える高校生たちをなんとかしたい150人の参加者たちとともに共有できた有意義なものになった。

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