なぜ「変な大人」と出会うことができなかった?

■「なぜ誰か気さくな大人と出会うことができなかった?」

斎藤環さんもTwitterでつぶやいているように、ひきこもりの人々の犯罪率はかなり低い。だが、何か事件があると、メディアはすぐにひきこもりを援用し始める。

僕が驚いたのは、川崎殺傷事件後、これはどちらかというと社会的養護ではないにしろそれに似た不幸な育ちの環境の問題が注目されると思っていた。

それが事件後1日か2日後には、もう「ひきこもり」と事件の関連性が取り上げられ始めた。犯人は自殺したので真相はわからない。自殺しなくとも、なぜ身近な人々(彼にとっての「家族」)ではなく児童らを狙ったのか、その動機は推測以上のものは得られないだろう。

練馬区の事件も、元官僚トップが川崎の事件の反復を恐れて、予防的に起こしたという。殺された息子さんはネットでは有名人だったそうで、僕もリンクを辿っていき、亡くなった彼がつぶやいた言葉たちを見た。

それで僕は悲しくなってしまった。

その言葉たちはだいぶトゲがあるとはいえ、僕がこれまで20年ほど関わってきたひきこもりの若者たちの言葉とそれほど違いはなかった。

毒があり、荒っぽく、攻撃的ではある。だがその反面、孤独で、繊細で、他者を求めている「叫び」が露骨に見て取れる。

僕は55才になりもう感傷とは無縁の人間になったと思っていたが、その殺された人の毒のある言葉を見て、自分の心が深く沈んでいくのを感じた。

つまり、「なぜ誰か気さくな大人と出会うことができなかったのだ?」という問いである。

■的外れだった

練馬区の亡くなった方を現実には知らないので断言はできないが、文章に現れた「人のカタチ」とよく似た方々を僕は何十人も支援してきた。

そして、その「自立」の仕方はそれぞれ(一般枠や障害者枠での「正社員」から、高齢ひきこもりではあるが立派な「家事手伝い」まで)ではあるものの、みんなゆっくり年をとりながら社会に慣れていき、僕だけではなく何人もの支援者やいくつもの支援機関、何人もの「友だち」の力を借りながら10年単位で「自立」していったと思う。

練馬区の元官僚の危惧は、悲しいことにまったくの的外れだったと思う。亡くなった方が「正社員」になれたかどうかはわからないものの、誰か支援者と出会いどこかの支援機関とつながり、そしてそれらを複数・長期間にわたって「バトンタッチ」されながら社会経験していくと、それなりの「自立」が待っていたはずだ。

そのこと(時間をかけて自立する)を元官僚は知らなかったのだろうか。動機が謎のまま死んでしまった川崎の事件にそれほど影響されてしまったのか。

そして、その「影響」力をつくりだしたのは、マスコミと世論ではある。その影響力は社会的プレッシャーとも言い換えることもできる。

■親の「看取り」も

また、短期間(数ヶ月)でひきこもりを自立させることができるとする、一部支援機関も悪い。自立はできる。が、それは上記のように10年単位のものであり、ひとつの支援機関ではとても難しい。いくつもの支援機関・支援者が「つながり」ながら、一人の若者を支援する。

ひきこもりの自立支援とは、それだけ粘り強さが求められるジャンルだと思う。無理やり訪問して外に引っ張り出し、一時的に何かを始めることができその支援機関は多額の報酬(1ヶ月数十万円)を得たとしても、すぐに元に戻るか精神状態や日常生活がより悪化するだろう。場合によっては最悪の事態を招くこともあると思う。

昔からよく言われているように、10年ひきこもっているとしたら、そこから「回復」するにはやはり10年かかる、というのは、親御さんには悪いけれども真理だと思う。

けれども、ほとんどの場合、必ずなんらかのかたちで「社会人」化することができる。「専業主フ」も立派な社会人であり、また高齢化した親にとってみれば、結婚して独立した別の子どもよりも、ずっと家にはいるものの今は家事全般をやってくれて、やがては自分の「看取り」もしてくれるであろうその目の前にいる我が子ほど頼りになるものはない。

結局は、くだらない(あえてそう言います)「仕事をしなければいけない」「(短期間に)自立しなければいけない」という社会規範が、常識的な親たちを縛っている構図、この構図はこの20年まったく変化していない、このことが練馬区の事件の究極の原因だと僕は思う。

■グロテスクなほど規範的で紋切り的

そう考えると、亡くなった子、殺めた親、そこ(殺人)に至った長期間に渡る親子の葛藤は、グロテスクなほど規範的で紋切り的で、残酷な出来事だった。これは防ぐことができた事件だとも思う。

つまりは、もっともっと通俗的社会規範を「脱臼」させる議論が必要なのだ。あと、僕のような社会規範から多少逸脱した「気さくな『変な大人』」(この存在がひきこもりの人々を和ませる)を意識的に育成していく必要がある。僕やその他一部の「変な大人」的支援者による職人技の段階を早く終わらせる必要がある。