NPOでは食えない~「小さく自由に好き勝手に発信できる」新時代

■「独身で身軽な若手スタッフは(非常勤とはいえ)食べていける」

昨日、東洋大学(東京・文京区)にて、NPOと「企業化」について考えるイベントがあり、僕も講師と司会で参加した。東洋大の小川祐喜子先生のご厚意により現実化できた企画だ。そのイベントの冒頭、「企業化ということは、NPOで食べていけるのか」という質問が出た。

長らくNPO業界では、「NPOの仕事だけで食べていく」ということがテーマになっており、ここ15年、行政からの委託事業を受託することがNPOの主だった収益となったことから(収益にはほかに「寄付」と自主事業があるが不安定)、一応「食べていける」といことになっている。

が、現実は、各労働者との契約は年間契約社員かアルバイトの非正規雇用であることが多いと思う。その理由は、主材源である行政委託事業は、特に青少年支援分野では単年度契約であることが多いということと結びつく。継続の一応の見通しはあるとしても、毎年1年で一旦終了せざるを得ないそれらの事業の労働者たちは、おのずと年間契約社員に収まる。NPO経営側も仕方なくそう判断する。

けれども、ゼロ年代初期と比べて見ると、年間契約社員の非常勤雇用で年収200~250万円程度とはいえ、「食べて」いけることはいける。翌年の雇用は不安定でも、温情主義のNPO代表たちは自らのミッションが多少ブレようが「次の事業」を見つけてくることも珍しくはない。

温情主義の代表たちはシンプルな思想の方々なので、それらの事業の裏に、前回当欄で触れたような「新自由主義」か背景としてあるかどうか(「素朴」で「残酷」な新自由主義者たち)までは思考していないかもしれない。とにかく、今年契約社員で雇用したスタッフを、どんな事業でもいいので行政から「取ってきて」、若いそれらのスタッフたちを来年も「食べさせて」あげたい。

その結果、若いスタッフたち、つまりは独身で身軽な若者たちは贅沢はできないものの「食べて」はいける。そう、15年前に業界内でさかんに言われた「NP0で食べていけるかどうか」という問いに対して、

「独身で身軽な若手スタッフは(非常勤とはいえ)食べていける」

ということに落ち着いた。

■一生を通して「NPOでは食えない」

だが、人生は長い。30代になりパートナーと結びつき、それまでの賃貸マンション生活ではない、持ち家購入という決断が迫られる。また、異性愛同士のマジョリティカップルで出産という幸運に恵まれた者たちは、それ以降、多くの教育費がのしかかる。これらを乗り切るには、カップルの2人ともが非常勤雇用・年間契約社員ではとても乗り切れない。そもそも家の購入ローンが組めない。

そうして、30代前半で社会福祉法人や医療法人など、安定した収入が見込める職場へと転職していく。

つまりは、若いうちは「NPOではなんとか食える」が、一生を通して「NPOでは食えない」。これが現実だ。NPO経営者たちは、この現実を若手スタッフたちに伝える義務がある(が、わずかだが一部は正社員化して法人に居残ることができるため、経営側からすると法人内での競争原理を残しておく必要があるから~30代でも食える確率はわずかたが残るため~、なかなか伝えられない)。

だから、どうせ一生NPOで食えないのであれば、それはサブワークか趣味の範囲に留め、好き勝手やることが自由で気楽だ。

という具合に僕が進行していくと、なぜか会場の雰囲気は重くなっていったように(僕には)感じた。つまりは、「NPOで食べていきたい」という理想に燃える人々はまだこの社会にはたくさんおり、昨日の東洋大イベントにもそうした方々が参加されていたようなのだ。

昨日は地方統一選挙の最終日だったということもあり、東洋大のある文京区でもさかんに選挙カーが走っていた。文京区地方選にはNPO関係者は出馬していたかどうか知らないのだが、他の区ではそうした方々が熱心に選挙を戦っているということは、僕も大阪にいながらもネットを通して知っていた。

そうした、選挙にも出ることができるというNPOや「ソーシャル」業界関係の人は、ある種の「勝ち組」だろう。

そう、一般的にはNPOでは生涯を通しては食えないが、創業者(と周辺のわずかな「仲間たち」)は食べていくことができる。中には選挙にも出馬できる。

■「夢」を捨てて

より華やかな勝ち組の活躍が若者を呼び込み、期待を抱かせる。が、現実はNPOで食べていくことは難しい。不安定な非正規雇用で一生賃貸でオッケー、子どももつくらないし持ち家など不要、という方も当然いらっしゃるだろう。そんな方々は、現状のNPOスタッフの一員としてピラミッド組織内のなかで自分に与えられた「現場」の仕事を懸命にこなす。

こなしながら、いつかやってくるであろう「NPOで食べていく」時代をひたすら待つ。そのために、組織内でおとなしく経営側の言うことに従い、自由な発言がなぜかできなくなっている。

いま、NPO業界では、このような「窮屈な現象」がひそかに進行しているように僕には思える。若手職員たちは比較的身軽な立場なのにもかかわらず、なぜか、自由がない。なぜか好き勝手に発信できない。

好き勝手ということはスキャンダルをばらまくという意味ではなく、発言や文章で自分の考えをどんどん「発信」していくことだ。

創業者と周辺数名に限れば、事業が運良く起動に乗り創業者たちに経営センスがあれば、NPOでも一生食べていくことは可能だ。

けれどもむしろ、「食べていける/食べていけない」の次元はいったん置き、NPOが対象とする不安定な分野において自分のNPO(スタッフ化か起業化はさておき)で食べていくという「夢」を捨ててみたらどうだろう。

昨日のイベントでも、NPOと「夢(おそらく『人生の夢』という意味だと思う)」を自然につなげて語る方もおり、そこがピンとこない人にはピンとこなかったようだ。

不安定である意味「あやしい」NPOに、なぜ自分の人生の「夢」を託せるんだろう。

ピンとこなかった人は、このように考えていたのかもしれない。

■自由のなかで好き勝手に発信するブラウン運動

僕としては、せっかく「NPOでは食えない」のだから、ここはその状況を楽しんで、窮屈で大きなNPOから離れることをお勧めする。

そこで新しいNPOを起業するか業界から離れて趣味の範囲でNPOと付き合っていくかを選ぶかは、本人が好きなようにすればいい。

そうして身軽になった上で、

「小さく自由に好き勝手に発信する」

ことを楽しんでみたらどうだろう。しがらみからも自由になり、気楽に小回りよく、また同時に「真理の探求」的な発信をしてみる。

小さくなると、探求や真理が身近になる。これは、その小ささのなかで食べていくか行かないかとは関係なく、小さくなれば降臨してくる「自由」だ。

その「自由」のなかで語り続けることこそが、NPOのもつ本来の意味「非営利組織」を実践する意味だと思う。せっかくのNPOなんだから、起業化とかビジネスマインドとかソーシャルインパクトとか捨て去り、自由のなかで好き勝手に発信すればいい。その発信たちの「ブラウン運動(小さな発信たちのぶつかりと飛び散り)」が、トータルとしてみると新しい次の社会運動になっていくと思う。