親亡きあと、生活保護で何が悪い?~高齢ひきこもり

■まだ「就労」させるか?

就職氷河期に20代を過ごした世代(ロストジェネレーション→ロスジェネ)が40才前後となり、その一部はひきこもりになるなどさらなる社会問題化するなか、そんな人々をまだ「就労」させたいという政府の思惑が報道されている(ひきこもり多い氷河期世代…「生活保護入り」阻止へ早期対応)。

10代の不登校体験からそのままひきこもりになった人々に加え、氷河期での就職の失敗や、非正規雇用4割社会のなかの「ブラック」な就労環境から退職に追い込まれた人など、「高齢化」に至った背景は様々だ。

前々回に当欄で書いたとおり、きめ細やかな就労支援ができない現状の就労支援機関の問題もある(サポステは失敗だった~40才以上ひきこもりが61万人。「居場所」に予算を)。

ここに発達障害や発達凸凹の問題も絡み、長期間に渡って就労できなかった人々が数百万人単位で我が国には存在する。40代以上のひきこもりが60万人以上いるという調査結果も最近報道されている(上引用記事)。

最低でも100万人、精神科医の斎藤環さんなどは、Twitterにおいて、

とし、100万人どころか200万人いると指摘する。これを受けて僕は、ひきこもり的生活状態ではなくとも、政府の求める「就労」ができない人々は数百万人は存在すると予想する。

■いわゆる、8050問題の当事者へ

現在の人手不足はサービス業等の非正規雇用市場が中心であり、そうしたバイト環境は多くがブラックだったりする。正社員も疲れ切っており、その疲れのストレスをバイトの人々に差し向ける。それは結果としてハラスメントとなり、覚悟を決めてバイト市場に参入したひきこもりたちを再び傷つけ、何度めかのひきこもり状態に押し戻したりしている。

繰り返すが、ここに発達障害的コミュニケーションの困難さが加わり、「就労」に対する壁がどんどん高くなる。

どんどん高くなったまま40才を過ぎていく。

が、40才をすぎると、これまで対立関係にあった「親」との緊張関係がゆるくなっていく。それまでは親の何気ない一言(それは就労を後押しする「地雷」の言葉だったりする)に傷つき、そんな言葉は聞きたくないので昼夜逆転して自室にひきこもっていた。

それが徐々に、主として親の高齢化による「地雷」の軽減により、ひきこもり当事者は楽になっていく。親は後期高齢者に突入しやがては80才になる。子は40才を超えいつのまにか50才の手前にさしかかる。

いわゆる、8050問題の当事者となる。

■当事者たちはコツコツがんばる

父はすでに死んでいることもある。残された老いた母と自分で形成されるコンパクトな家族を維持するため、当事者たちは自分のできるペースでコツコツがんばる。

20代には拒否していた買い物に行く。そしてできる範囲での夕食をつくる。洗濯機は使えるが洗濯物を干すことが困難になっている高齢母の代わりに、洗濯もする。掃除機からも遠ざかる母の代わりに丁寧に掃除する。風呂も洗う。

ブラックな就労現場では傷ついてきたが、高齢母が日々奮闘する自宅においては、見事な「ヘルパー」となっている。

高齢母からすると、嫁いでいった(あるいは独立した)もうひとりのきょうだいたちよりは、この長年ひきこもってきたこの子のほうがもはやはるかに頼りになる。

そうしたことは直接本人には言わないが、高齢母は遺族年金を当事者に分け与え、苦労して買った自宅の売却を考慮している。自分が元気なうちに家を売り、貯金をさらに増やしたい。そしてこの貯金が、自分が死んだあと子どもたちに役立てばいい。

■就労支援ではなく、現金給付を

やがて母は死ぬ。その時、当事者たちは50代か、60才を越えている。母の死により収入は途絶えた。だが、母の残してくれた貯金がある。

その貯金も5年もたてばなくなっていくだろう。その時の収入は、自分の国民年金しかない。現状レベルが維持されていたとしても、月67,000円強だ。これだけでは60代の人間は生きていけない。

ある意味、これだけ「がんばってきた」その元若者、現在60代の人の生計を支えるために、最強のセーフティーネットである生活保護を利用して何が悪い? 

生活保護予算4兆円プラスα(おそらく数兆円規模)を捻出するのが、まさに政府の仕事だろう。MMT(アベノミクスはMMTの実験だった)はそのために出てきた理論のようにも僕には思える。先日のステルス機の墜落も、防衛費を再構成するため(生活保護費を捻出するため)の機会かもしれない。

これから必要になるであろう生活保護数兆円のおカネは、数百万人の生活困難な人々を支えるために必要なおカネだ。たぶん徒労に終わるだけの新たなる就労支援を行なうよりも、当事者たちへ現金給付する発想がほしい。それは生活保護という名称でくなてもいいが、あやしい就労支援よりは、今ここで困っている人々への現金給付が何よりも必要だ。