●「ハグっとプリキュア」

放映開始後数ヶ月たった夏ごろにゲスト登場キャラによる出産シーン、秋ごろには男性キャラがプリキュアに変身、そして1月末の最終回では、ついに主人公自身が(大人になった後)出産するという、ある意味「衝撃」の展開を見せたアニメ「ハグっとプリキュア」が無事終わった。

僕も話題に乗せられて同作を追っていたが、最終回のシーンも含めてそれほど衝撃的とも思えなかった。たしかに、14才だったプリキュアが大人になって母となるシーンは、ある意味衝撃的かもしれない。

だが、もう一人のプリキュアが予定通りに産婦人科医となり主人公の赤ちゃんをとりあげるラストシーンは、衝撃的ながら僕にはどうにも微笑ましかった。

その赤ちゃんがおそらくもう少しした後、主人公や産婦人科医の14才時にタイムスリップして、ハグっとプリキュアのお手伝いをするだろうという示唆も美しい。

それは、ドラえもんの引き出しタイムマシーンのように、見ているものを混乱させながらも物語に巻き込んでいくだろう。1話の赤ちゃんが、じゃあ14才になった頃、主人公プリキュアは会社社長になっているとして、14才「はぐたん」(1話で赤ちゃんだった存在)はどういう思いで「時の流れ」のなかで生きているのか。

さまざまな複線でラストを迎えながらも、結局は「主人公が大人になり出産した」という一行でまとめられる「ハグっとプリキュア」は、ファンからするとそれでいいのだろうか。

●出産の迫力

ラストシーン、会社社長になった主人公が急に産気づき、わんわんわめきながら「はぐたん」を産み落とすシーンは迫力がある。ある意味、それまでのプリキュアの派手な戦いよりも、その出産シーンは迫力がある。

54才オッサンの僕でさえそう思うのだから、これを日曜朝に見ていた女の子たちはいっそうそう思ったことだろう。

実際はこれ以上に痛みながら出産した方もいるだろうし、初産でもサラッと出てきた出産もあるだろう。

が、「ハグっとプリキュア」が話題を呼んだのは、出産の迫力、言い換えると、「死」にも近いその行為をリアルに描いたことだと思う。

そう、人が人を産み落とすそばには、常に「死」が控えている。

わんわんわめきながらも妊婦は新しい生命を迎えているが、そのとき、その1時間、その半日は、「もうどうでもいいから早く出てくれ」という心境で赤ちゃん待っている。

それは、一刻も早く降りてきて、出てきてほしい。

●ガフの部屋」に魂が宿った

赤ちゃんは規範ではない。その存在が「人を尊重せよ」とか「正しいしつけやトイレマナー」を強制する存在ではない。

赤ちゃんは、赤ちゃんそのものとしての生命的存在を提示し、それをまわりの人間が肯定する唯一無二の存在だ。

また赤ちゃんは、そこに存在するしかない生命体であり、圧倒的にポジティブな存在だ。

言語を獲得して「じぶん」が現れ、「魂」的な息吹をもつ4才前後以前であっても、その存在はまわりから見るとポジティブだ。

アニメ「エヴァンゲリオン」では、「ガフの部屋」に魂が宿ったと、旧約聖書をもとにそうした動体を示す。

おもしろいのは、言語獲得以前、ガフの部屋に魂が宿る以前、単にまわりの人間たちの表情を真似しているだけのその存在のあり方(=赤ちゃん)に対して、我々は畏怖の念を抱くということだ。

たぶんそれは、「出産の力」が説き伏せていると僕は想像している。

プリキュアという幼児向けアニメでそこまで考えさせてくれた。ありがとう。