であうことをつづけること~「高校生サバイバー」最終回、高校内居場所カフェの真髄

■高校内居場所カフェの「一般化」

当欄でもたびたび取り上げる「高校内居場所カフェ」について、その元祖とも言える大阪の居場所カフェの取り組みを1年に1度報告する「高校生サバイバー」というフォーラムが、昨日12月19日に開催された。

同フォーラムは5回目を数え、その第1回目は関西の主要テレビ局が集まったり(「高校生サバイバー」とは何か~フォーラムに関西メディアが集結)、2回目は大阪府のトップクラスの官僚が挨拶に訪れたりとエポックな催しとなっている。

そんな「高校生サバイバー」ではあるが、昨日の第5回目で終結させることになった。

それは、高校内居場所カフェの取り組みは、大阪を大きく超えて全国に広がり始めたこと(「第1回神奈川・高校内居場所カフェサミット」の開催!)、また僕を含めた創設者の人脈を超えて開設されるようになったこと(高校内に居場所カフェ)などが理由だ。

特に後者を紹介した添付記事を読むと、西成高校(となりカフェ)や田奈高校(ぴっかりカフェ)などの「創設事例」は出てこず、ただ「高校内居場所カフェ」というある程度一般化された名称が繰り返されるのみだ。ただ単に、「高校内に居場所カフェ」という言葉が現れる。

つまりは、高校内居場所カフェが徐々に一般化され、そのコンセプトをもとに全国で開設に向けて取り組みへのチャレンジが行われようとしている。

そういうわけで、高校内居場所カフェの意味を提示するために生まれた「高校生サバイバー」フォーラムは、この一般化の動きを受けて、いったん終結させようと思った。

■「入り口」である高校内居場所カフェを象徴する言葉

高校生サバイバー最終回、「高校生サバイバー5」では、基調講演をお願いしたNPO法人パノラマ理事長の石井正宏さんのお話を中心に、たくさんのキーワードが飛び交った。

それらは、

「信頼貯金」「文化のシェア/シャワー」「役割のシャッフル」「母校保証」(以上は石井さん)、「安心・安全/個別ソーシャルワーク」「出会うことをおそれない」「自分を自由に表現できる」「親以外の大人へのバトンタッチ」「であうことをつくる」(以上は他のパネラーから)

等がある。他にもたくさんキーワードは出たのだが、昨日のフォーラムの目標の一つは、これらのキーワードをあつめてまとめ一行にすることだった。

貧困状態や精神的ブレから困難を極めるハイティーンが高校をやめてひきこもり等の潜在化した存在にならないよう、その「最後の予防線」である高校内居場所カフェの取り組みを、一言で表すわかりやすいコピーを提示するというのが昨日のラストフォーラムに求められていると僕は思っていた。

高校生サバイバーは終わるものの来年からも続く高校内居場所カフェに関する啓発ツアー(1月は尼崎、2月は仙台での方々がフォーラムを準備している)を鼓舞するために、あるいは全国で「高校内居場所カフェをつくってみたいなあ」と願っている人々のモチベーションを高めるためにも、そうした「一行」は必要だと思っていた。

まるでそれは、前回当欄でも取り上げた高校生への「個別ソーシャルワーク」を象徴する言葉「つながることをつづける」とハーモニーし合うような(ローカリティとは「つながることをつづけること」~ひらの青春ローカリティ3とアンチソーシャルインパクト)、困難を極める「出口支援」がそのソーシャルワークであるとすれば、「入り口」である高校内居場所カフェを象徴する言葉が必要だと僕は思ったのだ。

それは決して一部の批判派が言うような「サボる場所」ではない。虐待にさらされるハイティーンの「安心・安全」を保証し、個別にソーシャルワークして将来をともに考え、親の狭い価値から抜け出るための「文化のシャワー」を浴びるための居場所、サードプレイス。

その体験が、ハイティーンを虐待の連鎖から脱出させ、大人になっても重層的に自分を見守ってくれる網の目に包まれることになる、出会いの入口。

それが高校内居場所カフェであり、それを一言で表す言葉がいま、求められている。

■その若い女性は、自分の赤ちゃんを抱きしめてiPhoneの前で微笑む

石井さんの語りと、各NPO担当者がそれぞれの高校内居場所カフェで聞いた高校生たちの言葉がスクリーンに映し出されることから始まったフォーラムの内容はてんこ盛りで、終盤のパネルディスカッション内で上の「一言で表す言葉」が見つけ出せないのでは、と僕は一時は思った。

究極のアウトリーチでもある高校内の居場所カフェに含まれるコンセプトは多様で、それはなかなかひとつには絞り込めない。「無理でしょう」と唸る某校長先生の言葉に象徴されるように、それは多様で魅力がありすぎてとても一つに集約できないな、と僕も思いかけていた。

が、それを押し留めたのが、石井さんが紹介した「ぴっかりカフェ」OGボランティアの笑顔だった。

その若い女性は、自分の赤ちゃんを抱きしめて石井さんのiPhoneの前で微笑んでいる。何年か前はその女性は田奈高校の学生だったという。それが今は母になり、子を抱きしめて田奈高校にやってきて、ぴっかりカフェのボランティアをしている。

満面の笑みだが、その日常は今もいいことばかりではないだろう。僕も、西成高校のOG支援をしていて、子を育てながら懸命に生きる女性たちを数名知っている。笑顔ではあるが、今もその日常は困難を極める。

だが、彼女たちにはぴっかりカフェがある。高校内居場所カフェが今も身近に(ボランティアに来られない人はよき思い出として)存在している。

そのこと自体が「安全・安心のネットワーク」なのだ。その存在との「出会い」と、その出会いの「継続」こそが、困難を極める日常を今も支える。

そうしたことから、たくさん出たキーワードよりフォーラム最終盤ではふたつの言葉、

「出会い」と、

「つづける」

が選ばれた。

居場所カフェでの出会いをきっかけに5年10年と続いていくその網の目は、ソーシャルインパクト評価が求めるような1~2年単位での結果など嘘だと笑い飛ばす。若者支援は、まず「であう」ことから始まり、それがやわらかく「つづく」ことで成り立っていく。つまり、

「であうことをつづけること」

これが昨日のフォーラムの、あるいは高校内居場所カフェの必殺の一行ということになった。

NPOパノラマの石井さん
NPOパノラマの石井さん
会場は100名の満員、超熱気
会場は100名の満員、超熱気