初音ミクに「ギャクタイ、ダメ、ゼッタイ」と歌ってほしい

高校生が求めているもの

■「カラオケ支援」と初音ミク

最近はすっかりスタッフ任せになっているが、それでも僕は、ひきこもり経験者や虐待サバイバーの若者たちと時々カラオケに行く。

この「カラオケ支援」はいくつかの意味を持っている。それは、

1.まずは「カラオケ」を経験してもらう(主として、ひきこもり支援)

2.カラオケを事例に、「曲予約は順番を待つ」「ワンドリンク頼む」「時に拍手をする」等の、「社会の暗黙の了解/空気」を学習してもらう(主として、発達障害支援)

3.安心安全な場所の中で、おもいっきり楽しんでもらう(主として、虐待サバイバー支援)

4.スタッフが思いっきり好きな歌を歌って「気持ちよく」なる(スタッフや僕支援)

ひきこもり支援の「スモールステップ」では、このカラオケは、B「日常生活支援」の最終段階にあたる(Aは「ひきこもり脱出支援」~ 1.親子間会話復活、2.外出が可能、3.支援施設につながるであり、このB.日常生活支援は4.面談、5.調理等の施設内体験、6.カラオケや旅行等の施設外体験とステップを踏んでいく。次のC.「就労就学支援」は最終段階←これはサポステがやっている)。

ひきこもり若者たちは当然アニメ中心であり、もちろん僕もその路線だ(というかエヴァンゲリオン専門、「魂のルフラン」最高!)

が、2の発達障害タイプの若者や3の虐待サバイバータイプの若者たちとのカラオケでは、これがなんと、「初音ミク」.全面展開カラオケとなる。

いや、支援対象別というよりは、「高校生」とカラオケに行くと、初音ミクソングが延々と10曲も20曲も歌われていく。

■キヨシローと初音ミク

この現象に最初僕は戸惑ったのだが、どこの誰が作詞作曲したのかわからないそれら初音ミクソングたちは、じっくり聞くと名曲揃いだったりする。

またこれら初音ミクの名曲群を情感をたっぷり込めて歌い上げる高校生たちの雰囲気も素晴らしく、その若者たちが心底初音ミクが好きでありその歌によって救われていることを感じさせられる。

僕が高校生の頃、ジョン・レノンや忌野清志郎に救われたように、彼女ら高校生は初音ミクに救われている。救われているというか、初音ミクとともに歩いている、生きている、といったほうが近い気もする。カラオケボックスの中で、画面の初音ミクと同じ空気を高校生は吸い、同じ歌をうたう。すべてがシンクロしているように映る。

先日もそのようなことを考えていたら、練馬区の児童虐待死事件(この事件については、僕も当欄にこんな記事を書いている→ことばの苦しさ~児童虐待死が迫ってくる)に関して、ママさん芸能人たちが行政に対策を要望したというニュースが飛び込んできた(女性タレント「児童虐待防止を」=厚労省に要望)。

こうした動きをあらゆるジャンルでどんどんしてほしい。

ただし、警察と児童相談所の全件情報共有などは、虐待可能性親たちをさらに萎縮させ、さらに虐待を見えなくするおそれがあることから、慎重さが求められる提案もある(これについても、当欄にこの記事を書いた→監視社会が虐待を潜在化させる

■「ソレ、シツケデハナイ、ギャクタイ」

そうした慎重さも意識しつつ、親しみやすいママさんタレントが児童虐待防止を訴えることは、若者たち、特に経済的下流階層の若者たちに直接訴えかける。

ママタレの方々に加えて、もっともっと有名なタレント、しかも下流層中心に人気のあるタレントも、正面から「やめよう、児童虐待」とPRしてほしい。

僕の研究不足かもしれないが、現在の政府による虐待防止広告は、子どもたちや親たちの真剣な表情中心のシリアスなものであり、その広告を見ているだけでこちらの気分は落ち込むものだ。

もちろん、シリアスな事象の防止広告だから、直球でつくるとそうなってしまうことは仕方ない。

だが、実際の虐待加害者は、10代後半から20代前半の若者たちだ。そしてその多くが経済的下流層だと僕は推測している。

そんな彼女ら彼らに、もっとダイレクトに届く広告をつくってほしい。それは、AKBやエグザイルや「前前前世」のあのバンドかもしれない(ラッドウィンプスは聞かないか)。

あるいは、いやそれよりも一番は、冒頭のカラオケ支援局面でも見られる、10代に圧倒的に支持されている初音ミクに歌ってほしい。

メタルバンドのベビーメタルが「イジメ、ダメ、ゼッタイ」と歌ったように、初音ミクが、

「ギャクタイ、ダメ、ゼッタイ」

と歌えば、その歌声は広く深く、下流若者の心に染み通っていくことだろう。そのフレーズに続けて、

「ソレ、シツケデハナイ、ギャクタイ」(しつけではなく虐待)

の一言も加えると最強だ。ミク作者のみなさま、どなたか本当につくっていただければ本当にうれしいです。