Nのインパクト~角川とドワンゴブランドが当事者を安心させる

今週末、島根美術館に僕は行きます。角川はコミック版ですが、インパクト、ですよね~

■N高校

僕の周囲にもいるが、あのカドカワやドワンゴという大手メディアが乗り出した教育機関に当事者たちが飛びついている。

その宣伝を見ると(カドカワがつくる通信制高校)新手の教育サービスにしかすぎないように見えるが、これが意外と当事者たち(不登校の子どもと親たち)を惹きつけている。

カリキュラムの詳しい中身はホームページを参照していただくとして、ここでは、なぜこうした新種の教育サービスが支持されるのか、ということを確認してみよう。

それはひとことで言うと、「ブランド」だからだ。

ここ20年、さまざまな「フリースクール」が現れ、不登校の子どもたちを吸収していった。

だが、それは不登校界隈に知られるブランドに過ぎず、ゲームやライトノベルやインターネット好きの10代であれば誰もが知っている、カドカワやドワンゴという超有名ブランドとは格が違う。

某Tシューレは、僕のような業界人からすると有名フリースクールだが、普通(世間)は誰も知らない。

が、あのカドカワは、あのドワンゴは、10代やその親であれば誰もが知っている。

■「ブランド」力が違う

僕は、日本の代表的フリースクールであるTシューレにも眉唾ものだった。現在の学校を完全否定するその理念では(つい最近までそうだった)、学校にルサンチマンを抱く普通の子どもたちや親御さんたちをすべて吸収できない。その理念はよくわかるものの、教育は政治運動ではないのだから、「日本のフリースクール」は弱いと。

N高校もそれと同じようなものだと片付けていたが、どうやら保護者・当事者たちから見るとそれは違うらしい。

何が違うかというと、その「ブランド」力が違うのだそうだ。

カドカワは、僕の青春時代の「犬神家の一族」とは違い、現在の10代にとってはライトノベルやアニメやマンガのメッカだ。

僕は最近のライトノベルはまったく知らないが、僕の知っているところでは、「涼宮ハルヒ」等日常+異世界もの、「マリア様がみている」等キュンキュンもの等、思春期の心をぐっとつかむカルチャーがそこにある(スミマセン、マリア様は違う出版社。キュンキュンものということで例示しました)。

あの「エヴァンゲリオン」のマンガ版は角川から出ている。

僕の思春期時代は、大島弓子や萩尾望都といった少女漫画、小説ではサリンジャーなどにわしづかみにされたものだが(すべて角川以外)、そんなのを10代に言ったって、単なるおじさんトークになってしまう。

ライトノベルやエヴァマンガのアクチュアリティーは、サリンジャーを駆逐する。

■公はNに敗北した?

カドカワのブランド力はすごい。

僕は、N高校ができると聞いたときは、申し訳ないが長続きはしないだろうと思っていた。

が、そんな僕が前世紀のオジサンでした。

つぶれるどころかそれは、不登校中学生のあこがれとなり、行きたい高校のひとつとなり、今日も当事者たちを吸い寄せる。そして、子どもがそう考えるのであれば親は当然ノッてくる。

そうしたブランド効果を認めるとともに、カドカワ的あざとい戦略に屈してしまう公教育の古さ・昭和さを認めるときがやってきていると思う。公はNに敗北した、でいいのでは?