「休眠預金」開始!~わかりやすい問題に「カネ」は集まり、真のマイノリティ問題が捨てられる

今日の西成高校「となりカフェ」。生徒たちは、「偽善的なおとな」を直感で見抜く。

■「休眠預金」

今日、「休眠預金」を利用した事業の公募が始まったようだ(「民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律」に基づく指定活用団体の公募について)、このこと自体は喜ばしいことで、有力NPOやIT企業が続々と応募することだろう。

また大阪では、こんなイベントが最近行われた(終了 セクターを超えて考える 取り組む 誰も取り残さない社会 ~持続可能な開発目標(SDGs)と子どもの貧困~)。登壇と出席した僕の知り合いたち(某府立高校教員)によると、貧困の実態から乖離した微妙なイベントだったようだが、開催されたことには意義はある。

これら話題のイベントとは異なるが、福井県という典型的ローカル県(住みやすさナンバーワンの県でもある)においての試み(ふるさと納税で資金調達しやすく)での、ソーシャル事業への資金調達記事などを読んでいても、「ソーシャルとカネ」に関する現状が展開し始めたようだ。

休眠預金の活用にしろSDGsにしろ、僕が聞く範囲での実態は、どうやら「わかりやすいマイノリティへの支援」のようだ。

わかりやすいマイノリティとは、若者支援で言うと「限りなくフリーターに近いニート」、貧困支援で言うと「子ども食堂や学習支援を利用できる地縁のある下流上部層」ということになる。

■若者支援でみると

それぞれの優位さは、僕の過去記事を参照していただければ幸いだ。

限りなくフリーターに近いニートへの支援に関する問題点は、この記事(ニートは死語)を参照いただきたいが(ニート消滅のさらなる論考は近々言及します)、話題の『社会的インパクト評価」なども含めて、比較的支援しやすい非就労若者に対する実績が、現在の若者支援NPOへの評価となる傾向はあるようだ。

言い換えると、支援しても結局はひきこもってしまう若者層に対しては、支援し損のような感覚が、昨今の若者支援業界に蔓延しはじめているのかもしれない。

それは、「社会的インパクト評価」といった『科学的』指標による影響も大きいのだが、やはり僕は、巨額な「マネー」のぶん取り合戦も、有力ソーシャルセクターに蔓延し始めたこともあるように思う。

つまり、社会参加=就労という「結果」が出る層に対して、ソーシャルセクターは支援を集中させる。

若者支援で言うと、サポステの社会参加数は、昨年度で14,000人強とのことで、これはニート/ひきこもり数(60~70万人)の2%程度になる。

2%といっても全サポステ数130程度からすると、1サポステ100名単位の「結果」なので、意外に大きい。

大きいというか、各サポステからすると、必死に支援しているのだ。必死の支援の結果が100名強なのだから、なんの問題があるだろう。

つまり、フリーターに限りなく近いニート層1.4万人の支援は130全国サポステには十分意味がある。

ミニマムにみるとき、各支援施設は健闘している。が、全体でみると、その「健闘」数は、潜在的マイノリティ(ひきこもりであればサポステに寄り付きもしない長期ひきこもり)を結果として隠蔽してしまう数字だ。

■最低メカニズム

貧困支援で言うと、当コーナーでもさんざ言及しているように、真の貧困マイノリティは子ども食堂や学習支援には寄り付かない(子ども食堂は、貧困者にとって「敗北」)。

子ども食堂は、そのふたつの意味の1つ「地域コミュニティ再生」の面が大きくなっており、もうひとつの「貧困支援」の面は小さくなってきた。

だが、地域コミュニティ再生が主目標になった子ども食堂であるにしろ、逆にそのわかりやすさは際立ち始めている。貧困支援という複雑な要素が絡み合う問題よりも、むしろ地域コミュニティ再生といったシンプルな目標のほうが、人々の関心を集めやすい。

そう、若者支援にしろ、子ども支援にしろ、シンプルで人々の関心を問題を集めやすい問題に、ソーシャルセクターは集合しつつある。

それは何よりも、そのほうが「資金」集めが容易なためだ。カネは、NPOを維持するため重要なため、タテマエとしてのミッションなどは結果的に後回しにして、わかりやすい問題への集積と事業構築を図る。

わかりやすい問題はマイノリティ問題の「上澄み」となるため、結果として真の当事者(虐待サバイバー・長期ひきこもり等)は見捨てられていく。

その見捨てることの意味よりも、スタッフを食べさせ組織を持続する欲望のほうが上回ってしまうという、身も蓋もない「人間くささ」がここにはある。最低だとは思うが、こうした最低メカニズムこそが「人間」なので、僕は案外好きだ。